本を読んで寝よう

daily life 】 2011 / 11 / 28

 特にこれといった計画もなしに書き始めているから、どこに行くのかはわからない。tumblrでたまたま、伊集院光が深夜の馬鹿力で立川談志をゲストに呼んだ回のエピソードを見かけて、話が飛んでいくという話のことを思い出した。久しぶりにdaily lifeのタグで何か書いてみるかと思いつき、久しぶりにZoundry Ravenを立ち上げてみたところだ。

 あいかわらず衰弱堂を名乗っているからには、やはり衰弱はしているわけだけれども、それでも心持ちゆるやかな日々が続いている。日々の合間に、いくつかの仕事。金曜日、朝8時に家を出て、銀座、京橋と打ち合わせが続いたのには我ながら驚いた。こんなところの仕事はあまりしたことがないんですが。まあ場所にかかわらず、ぼくはぼくにできることをやるだけで、特に何かが変わるわけでもないのだけれど。銀座から、東京まで歩き、少し写真を撮った。ビルが立ち並び、細い道の間を、小さなものとしてもっさりと歩く。見渡す限り、一つ一つの建物の中に、たぶん人が蠢いているということに、時折はっとさせられる。京橋の会社には二人の美しい受付嬢がおられました。あと、受付の少し奥、エレベータホールの片隅にごくふつうの男性が立っていました。あの人は、一日中あそこに立っているのだろうな。なにか切ない。大学生になったときに、はじめてアルバイトをした。土曜日と日曜日、横浜のパソコンショップで店員をしていた。その店はもうない。段ボールに手鈎をつける紐の結び方は、その店で覚えた。お客さんもほとんど来ないまま、店で立ち続けていると、だんだん足首に疲れがたまってきて、一日が終わると、ああ今日も足首で稼いだなあ、と思っていたように記憶している。

 父の一周忌で久しぶりに磯子に行った。菩提寺は駅から少し歩く。国道16号から、途中で脇道に入る。バスに乗ればよかったか、と緩やかな坂の途中のバス停を見ると、日曜日はほとんどバスは来ないようだ。横浜の風景は、何気ない空でさえもがそれらしく見える。坂がちな地面の上に、なんとかつじつまを合わせるようにして立ち並ぶ家々。寺は小さな丘に抱かれるようにひっそりとある。都内に越してから、そうした緑を残した家のありようを見ない。ああ、ここは横浜なんだね。覚悟なしに、もう戻らないと思っていた場所に、この一年、何度か呼び戻されている。

 小学生の頃、一番近い図書館が磯子にあって、2週間に一度バスで通っていたことがある。弟を連れて、弟の借りられる分までぼくが本を借りた。帰りに通った産業道路沿いにまだあの建物はある。あの頃手にした本は、すり切れて、きっともうないのだろう。磯子駅前の雰囲気はなんとなく川崎駅のそれに似ている。駅から東京に向かって伸びる道路のありようも含めて、似ている。駅の周りには、こんなにも空っぽのスペースがあるのかと、少し不思議に思うのも似ている。

 今週は役所だかに持っていく個人的な申請書類を書く以外には特に予定がない。あとは散髪と、クリーニング料半額の金曜日に喪服をクリーニングに出すくらいか。ふと思いつきでブックオフオンラインで購入した ポール・ヴィリリオ「自殺へ向かう世界」 を読み始めた。9.11直後のヴィリリオの一冊。それにしても、3.11以降のぼくらの時間はなんという速度で過ぎ去ったのか。こんな風にして一周忌を過ぎ越すとは思わなかった。そしてまた、これを書いている間に茨城で地震。

 9.11、3.11と頭の中で並べてみて、では6.11には何が来るだろうという不謹慎なことを考えていた。9.11においては人の意志が極限に向かうさまを目にし、3.11ではそうした意志を超える天災と、意志の欠如からくる人災を見た。6.11はきっと、ぼくらが住むこの球体の外から来るなにかが引き起こすにちがいない。なんだそれは。まったく、小人閑居して不善を為すとはこのことだろう。

 読むことと書くこと、それは確かにつながっている。呼吸のように。吸気が呼気に変わり、また呼気を引き起こす連続のように。そして呼吸の停止点のように、書くことも読むこともままならない瞬間もまたある。いまぼくはどこにいるのか。とりあえず、ぼくはこれを書いているところだけれど。本を読んで寝よう。ああ、これがタイトルだな。

 そう、ぼくはずっと昔、こんな風にして、衰弱堂雑記を書いていたよね。なぜあれをやめてしまったのだろうか。ぼくにもよくわからない。作りすぎないものにも、またいくばくかの読まれうる何かが宿ることをぼくは知っているのだけれど、なんだかそれをしたくないような気がしていたんだ。まあ、もうそろそろ寝ますよ。




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吉田秋生「海街diary 4 帰れない ふたり」(小学館fsコミックス)

comics 】 2011 / 10 / 23

 少女マンガは読まないけれど、吉田秋生は読む。何の迷いもなく読む。これはぼくだけではないようで、吉田秋生についてのエッセイで誰かが書いていたように記憶している。

 最初に手に取ったのは、連載開始からずいぶん経ったあとの 「BANANA FISH」。何かの雑誌で、呉智英のレビューを読んだのだと思う。家から少し離れたところにある古書店で、陽に焼けて背表紙が変色した「BANANA FISH」がビニールに包まれて15冊ほどまとめて売られていたのを、一冊100円くらいの値段で買った。新刊が出るたびに、黄色いコミックを買い足していった。文庫化された古い作品を買い、 「ラヴァーズ・キス」「YASHA」「イヴの眠り」と読み進めていった。ずいぶんと長い付き合いになったものだなあ。

 夏に出た、 「海街diary 4 帰れない ふたり」を、二ヶ月ほど遅れて読んだ。

 鎌倉の古い木造家屋に暮らす、看護婦できつい性格の幸、信用金庫に勤める酒好きの佳乃、スポーツショップで働く変わり者の千佳の三人姉妹。父は古い家と、家族を捨てて出奔し、母もまた再婚して家を捨て、育ての親の祖母は死に、古い家には三人の姉妹だけが残された。鎌倉から遠く離れた山形から届いた父の訃報、葬儀に訪れた三姉妹が出会った、父が残した異母妹、浅野すず。三人姉妹はすずを引きとり、鎌倉で四人姉妹の共同生活がはじまった。物語は四人姉妹と彼女たちを取り巻く周囲の人々をめぐって淡々と織りなされていく。

 「海街diary 4 帰れない ふたり」は、ページをめくる間、奇妙に緊張感が高まる一冊だった。それが作品の持つ強度に由来するものなのか、ぼく自身のテンションの問題なのか、いまひとつはかりかねている。1巻目を読み終えたときに、これはとてつもない傑作が生まれつつあるという予感と、そうした作品を手にした喜びを感じたのだけれど、もっとシンプルな体験だったような気がする。

 久しぶりに出た続編を手にするにあたって、ぼくは「ラヴァーズ・キス」からさかのぼって読み返した。 「海街diary 1 蝉時雨のやむ頃」には、「ラヴァーズ・キス」の登場人物の一人、藤井朋章が次女佳乃のボーイフレンドとして登場する(さらに 「海街diary 2 真昼の月」には藤井朋章の叔母美佐子が幸の先輩ナースとして登場する)。手元にある別コミフラワーコミックス版の「ラヴァーズ・キスU」の見返しに載せられた「作者からのメッセージ」に、こんなことが書かれていた。

 私は東京生まれですが、父の仕事の関係で数年鎌倉に住んでいました。鎌倉での生活は楽しいことばかりで、今でも鎌倉は第二の故郷みたいに思っています。また大好きな鎌倉を舞台にしたマンガを描きたいな。

 「ラヴァーズ・キスU」の初版は1996年、「海街diary 1 蝉時雨のやむ頃」の初版が、2007年。およそ10年の歳月を経て、吉田秋生は鎌倉に帰ってきた。


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スマートフォンのシェアはどう推移するか

marketing 】 2011 / 10 / 09

 衰弱堂覚書のGoogleアナリティクスのデータを見ていると、どうも「フィーチャーフォン スマートフォン シェア」というキーフレーズで検索して、「フィーチャーフォンとスマートフォン」というポストを見に来られる方がいくらかいるようです。

 当該ポストはあくまでフィーチャーフォンとスマートフォンを取り巻く状況をかんたんに説明するために2次引用の発言しか引いていないのでお役に立てないかと思います。よってとりあえず、このエントリにリサーチデータ等をまとめてみた次第。


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タグ: marketing  Smartphone  Mobile

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