解毒中

daily life 】 2012 / 02 / 18

 年が開けてみればにわかに身辺賑やかになり、なんだかやたらと仕事をしている。それが普通なのだろうが、衰弱堂としてはいささか異常事態である。怠けたい。ぐうたらしたい。楽を求めて悪あがきする心を沈め、どうにかリクエストをこなしていく日々である。仕事に関しては以前のようにXの件は云々、などとなんだか書きにくい。仕事のラインが複雑になっているのと、エンドのクライアントがびっくりするほどでかくて堅い企業で、機密保持もあるがそれ以前に腰が引けているせいなのか。主にGoogleアナリティクスからストーリーラインを引っ張り出しています。

 あ、やってることはそんなに大したことじゃありません。キーフレーズはビッグワードが多くてあまり参考にならず、コンテンツカテゴリ単位でアドバンスセグメントをかけて、サイトのすべての訪問数とセグメント別の訪問数の比較、ランディングページ、主要なページの訪問数、ナビゲーションサマリでのPV数ベースの遷移あたりを見て解釈していく感じ。サイトの規模を考えると、この手の数字が、設定すれば10秒ほどで取れるというのは実はすごいことなんだよね。生ログを使っていた頃はもっと待ち時間があったような気がする。このあたり、昔のプログラマはコンパイル中にゆっくりコーヒーが飲めた、みたいなエピソードに似ているような。そして数字は一瞬で出るけれど、その読み取りにかかる時間は大して変わらない。このできそこないの脳みそも分散処理でスケールアウトさせられないものか。いや、うすらばかがスケールアウトして、いったい何の意味があるんだ。

 週次ペースで土日のデッドラインにおびえながら資料をまとめ、週が開けるとコメダ珈琲店でプレゼンターに資料の説明。よそさまのお金でコメダで打ち合わせとくれば、シロノワールでも頼んでみればいいものを、器が小さいのでアイスコーヒーしか頼めぬ有様。それでも、たっぷりアイスコーヒー(普通のアイスコーヒーより100円高い)を頼むあたりに少しだけ器の大きさが……見えないよな。小さいよ、衰弱堂。まあいいじゃありませんか。で、もっぱら裏方として資料作成に勤しんでいたはずなのに、なぜか気づいたら定例Mtgに引っ張り出されています。聞いてないぞそんなの。そんな事態もわりあい楽しんでいます。

 そんなこんなで1月をいっぱいいっぱいで過ぎ越し、よたよたとよろけるように2月も半ばを過ぎたところで、ようやく今週末一息ついたところ。小人閑居して不善を為す、というけれど、生来がものぐさなたちだから不善すらなすところなし。なにもせず、ぼんやりとTwitterやFacebookを眺め、どうでもいいことを考えている。不善はなさぬけれど、よからぬことはひとつまたひとつ、泡のように胸をよぎる。Twitterでfollowしている彼の人はどうしてこうもあれなのか、もうがまんならぬとunfollow。あ、会ったことのない人です。たぶんこの雑記を読んでいるあなたではありません。念のため。

 次々と積み上がるタスクをこなしつつ、このペースはやばいな、コップの水があふれるかな、と思っていたところが、腹をこわしたりしつつも存外耐えてしまった。そうして一息つくと、何だか変な毒みたいなものがぐつぐつぐつぐつ煮え立っているのに気がついた。なんだろう、この理不尽な怒りのようなものは。ぼくはいったい何に対して腹を立てているのか。冷静に考えれば、見知らぬ誰かが何を言おうがどうでもいいことなんですけど、無邪気な物言い(オブラートで5cmくらいくるんでます)を目にするうちになんだか妙に腹が立つ。やっぱり器がミクロだよ、衰弱堂。クラウドでなんとかならないものか。ならないよな。

 そうしてミクロの決死圏でよからぬ思いに身をやつすわけです。人畜無害なことを平気でいう人って、実は有害だよな、とか。なんかそうした物言いを目にしているうちに自分が実は賢いんじゃないかという大いなる錯覚が沸き上がってくるんですよね。そんなわけないだろうと。悪霊退散悪霊退散。強力招来超力招来。ああ、次から次へと毒が生成されておるわい、ひひひ。この手の毒は、いったいどこで吐き散らしたらよいのか。いや、迷惑だから吐き散らすなと。そんなことを考えるうちに自家中毒で全身に毒は回り、変な衰弱の仕方をするのです。いかんいかん。この衰弱堂ブラックみたいな別人格をどうしたものか。ひたすら毒だけを吐き続ける場所がほしいぞ。あれかな、はてなブログ使えばいいかな。あれなら誰も読んでないし。本人も普段は存在を忘れているし。

 ああそういえば、本人も忘れていたしこれを読んでいる人はたぶん知らないと思うけど、衰弱堂は昔、リアルで堂々と「ばかにばかって言って何が悪いの」とか平気で口にしたことがあるんですよ。全然別人格じゃないじゃんかよ。お前そのものだろ。この、毒々衰弱堂め……認めたくないものだな、若さゆえの過ちというものを。というか、若さゆえの過ちは認めてもいいけど、自分の老いは認めたくないものだなと思ったりもする今日この頃。そういうわけで、ただひたすら個人的な解毒のためのエントリはこれにて。




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掌中の実

essay 】 2012 / 01 / 09

 新年早々気がついたのは、長らく使っていた茶碗が割れていたことだった。

 それは台所の洗い物を入れた食器受けの底で、きれいに、真っ二つに割れていた。おそらく洗った皿を茶碗の上に乱暴に置いたせいなのだろう。それにしても、きれいに割れたもので、茶碗ではなくなってしまった何かは、いかにも一対の道具のようにさえ映る。とはいえ、もはや飯を盛るための用は足さないだろう。2つに割れた茶碗を合わせて、とりあえず買い物袋を二重にして流しの下によけた。

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同期と非同期

essay 】 2012 / 01 / 07

 新年である。圧倒的に新年である。これほどまでに新年だったことは1年ほど記憶にない。それもそうだ。例によって何のプランもなく書き始めているのでこんなことをのたまう。新年の抱負はない。新年だが信念はない。流されるままである。私は 愛のない難破船。書いているうちに自分でも、「ふざけるな」と言いたくなってくるのが不思議である。このばかばかしい文体、いい加減どうにかならないものなのか。これでも、大人などというものになれば、訳知り顔に骨董についてなどひとくさりして、分別くさいことを書けるようになるのではないかと、ぼんやりと期待してはいたのだ。大雅の絵を一幅買い求めたいがなかなかね、みたいな、それこそ澄江堂雑記みたいな感じで。ちがう。まるでちがう。澄江堂と衰弱堂くらいちがう。実に正確な比較である。

 まあ、とりあえず関係各方面からは何の苦情も寄せられていないので、こんな書き方をしていても、何の問題もあるまい。確かに苦情は寄せられていないのだけれども、好評だという話も寡聞にして知らない。黙殺されているだけではないか。嗚呼。とりあえず苦情その他はFacebookページまで寄せられたい。前向きに善処します。

 それにしても、しばらく時間を置いて雑記を書くたびに、やれ文体がどうだという枕が必ず入るというのもどうしたものか。さっさと本題に入るがいいさ。しかし問題は、だ。特に本題がないということにあるわけだ。まあ、「同期と非同期」などともっともらしい題目を掲げているからには、何がしか本題はあるにちがいない。が、それだけを書いてしまうと2行くらいで終わってしまうのでこうして引き伸ばしに引き伸ばしているわけである。アイスコーヒーをたくさん飲みたくて、100円ショップで買った紙パック入りのアイスコーヒーを水で割ったら、つい水を足しすぎてなんだか泥水みたいなものができあがる、そうした経験は誰にでもあることだろう。え? そんな経験をしているのはぼくだけなの? 貧乏はいやだね、どうにも。インスタントコーヒーを足して色をつけるといいですよ。そんな知識いらないよ。

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