Imagine that.

essay 】 2008 / 02 / 26
「計画を立てる」、という言葉は、どうしてこんなにも力がないのだろう、ということを痛感させられる。「検討する」、「まとめる」、といった言葉も、時におよそそんなところがある。これらの言葉を紙の上に、ディスプレイの上に、置いただけで、すべてが片付いたかのような気になって、その先を想像することをやめてはいけないんだ。

計画を立てることも、検討することも、まとめることも、あなたがドキュメントの厚さに対する報酬を受け取っているのでなければ、それ自体が目的ではない。計画や検討やまとめを通じて、望ましい将来を手にすることが目的じゃないか? ならば、その望ましい未来は、生き生きと描出されているべきだ。

社内に新しい仕組みを作るだとか、業務を改善するだとかいった類のプロジェクトを組み立てようとすると、時に成果物を定義することが難しい場合がある。新しい仕組みについて詳細に定義されたドキュメントが成果物だろうか? では、ドキュメントが書き上がれば、プロジェクトは成果を得たものとして終結させてよいのだろうか?

以前、「5分でだいたいわかるプロジェクトマネジメント」というエントリーで引いたP2Mの定義をもう一度見てみよう。
「プロジェクト(project)とは、特定使命(Specific Mission)を受けて、始まりと終わりのある特定期間に、資源、状況など特定の制約条件(constraints)のもとで達成を目指す、将来に向けた価値創造事業(Value Creation Undertaking)である。」
ごくごく簡単にいってしまえばプロジェクトとは将来の価値を作り出すために「何かをすること」だ。したがって、ドキュメント自体がキャッシュに変わることがなく、そのドキュメントから価値を生み出す活動が行われることもないとすれば、プロジェクトも失敗だろう。

プロセスを生み出すプロジェクトは、しばしばその目的が、プロセスを定義すること自体に置かれがちだ。なぜか? 今ここに存在しないプロセスは、定義することはまだしも、そのプロセスが働くことで分化した未来を語ることは面倒だからだ。

それでも、やはりぼくらはその未来を想像しなくちゃいけない。たどりつくべき場所をイメージできないものは、どこにも行けないからだ。ストーリーテラーは生き生きとした一巻の物語を紡ぐためにプロットを捻出することを厭いはしない。書物の中の話でも、現実の話でも、いずれ未来は想像の中での出来事だ。価値を創造したいならば、その価値をリアルに思い描くことが重要だ。それがリアルであればあるほど、道筋を見つけ出すことは容易になる。

これから作られるプロセスが実現すると、何がどう変わるのか、どんなメリットを享受できるのかを、できうる限り精緻に想像しよう。具体的な描写からなる、シズル感に溢れたビジョンはそれだけで現実を動かす力を持ちうる。

旅行の計画を立てるときに、旅の一齣を想像するように、些細な差異を際立たせ、何枚も何枚もスケッチを重ねて、実現されるべきシーンを脳裏に浮かべなければならない。さもなくば、その計画は頓挫するだろう。

……はぁ、またこんなこと書いてるよ。自戒のためそのままアップ。

(追記)
このエントリーを書いていたら、銀弾丸氏からメッセンジャーで
「検討する」っていうのは タスクじゃないよね
 銀弾の周囲では、最大に譲って「検討結果を報告する」っていうのが着地点かな
というコメントが飛んできて、このエントリーを書きかけでアップしてしまったかとちょっと驚いた。ちなみに彼の職場では「検討する」というタームは原則禁止らしい。なるほどなあ。






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