正義と微笑

daily life 】 2008 / 02 / 11
太宰治に「正義と微笑」という中篇があって、何度か読み通した記憶がある。処女短編集「晩年」や「人間失格」のイメージが強いが、中期の太宰は伸びやかで若い人たちに対する優しい視線が印象深い。「正義と微笑」は、些細な挫折を繰り返しながらも学生から芝居役者への道を歩む一人の青年の姿を、自意識の強い若者らしい日記体で描き出す瑞々しい一篇。週末、メールであちこちに惑乱を撒き散らしながらあれやこれやのどぶさらいを進めるうちにふと思い出した。なんというか、人は変われないものである。

最初に「正義と微笑」を読んだのは、おそらく主人公と同じくらいの年頃のことだったろう。開巻、ひどく子供じみて見え、ページを追うにつれその成長を眩しく思ったような、かすかな記憶がある。しかし一面、ページの中の彼を子供じみて思うこともまた子供じみている。そして今もきっとそんな稚気がぼくの中には残っていて、それに気づくとひどくげんなりするわけだが、まあどうしようもない。昔ぼくのことを「大器晩成」だといった、渋谷の街中にひっそりと佇んでいた占いの老婆は、そんな一面を覗き込んだのだろうか。まあ、小器晩成とは言えないしね。

腰の調子はやや回復、なんとかのろのろと動けるようになり、出したままのクリーニングを引き取りに行き、3ヶ月ぶりに散髪に行った。いつものキュートなモモキタさんが休みで指名をしなかったら、普通の男性が出てきて、お任せするとまあ普通に切った。特にセットもしやがらないところをみると、手を抜きやがったな。まあ、いいけど。その人は二度と頼まないけど。同じようなことをしても、人をその気にさせるかさせないかの違いは大きいですね。

東急ハンズに行き、手帳のリフィルを物色。とにかく、形から入るのでもいいから整理をしないと混乱は深まる一方。基本はRemember The Milkを使うとして、もう少し書きながら整理しておこうと思い立ったのであれこれ見てみる。S氏が使っているフランクリン・プランナーがここのところ気になってはいたのだが、あまり分厚い手帳は持ち歩きたくない気持ちもある。それにしても手帳というのは、実際に使うことよりも、どう使うかを考えている時の方が楽しいのはなぜなのだろう。仕事のほかにも個人としていまやっておきたいことも書き溜め、眺めつつ進めていこうと思案中。ふと見ると、フランクリンの「一週間コンパス」が目に入った。一週間の役割と目標を短冊状の紙に記して、透明のブックマークに挟み込んで使うもので、これだけなら1000円程度。ふむ。購入。その他あれこれ。

駅前のビルの2階にできた中華料理屋でえびとたまごの炒め定食と羽根つき焼き餃子を食べつつ「ソリューション・フォーカス」読み進める。夜、手帳の整理をする。最初のページに、「微笑もて正義を為せ!」と書き記しておくべきだろうか。微笑。


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