万物の尺度

daily life 】 2008 / 02 / 05
ソフィストの一人、プロタゴラスは「万物の尺度は人間である」といった。人間とは誰か? それは《私》だ。人間という、何か普遍的に見える尺度があるのではない。ただ、《私》という無数の尺度が、そこにある。マーク・マカーゴウ+ポール・Z・ジャクソン「ソリューション・フォーカス」(青木安輝・訳、ダイヤモンド社)を読み進めるうちに、何やら思考は散乱しはじめ、結局そこに落ち着いた。

求めよ、さらば与えられん、ということなのか。かなり乱暴な話なのだけれど、その名のとおり、『プロブレム・フォーカス』せずに『ソリューション・フォーカス』しろと説く一冊。それって、単なるポジティブ・シンキング? と思いきや、それらしい理屈が展開する。とても当たり前すぎてあっけにとられてしまったのだが、要はどんなに詳細に問題の原因究明を行って、それを特定しても、そこに解決策が眠っているとは限らない。むしろそこから解決策を考えなければならないケースのほうが多い。だから問題の特定なんて余計なことに時間を費やすくらいなら、解決した状態まで一気に思考を推し進めろ、というのだ。実に乱暴である。

とりあえず3章まで。現状のよい点を拾い上げる。変化は一人から始まる、ならば自分が変わってしまえばいい。一夜にして問題が解決された状態を思い浮かべ、それはどんな状態なのか、何によって問題が解決されたことを知るのか、どこに変化が起こるのかを見極める。など。なんだそれは?! ある種の自己啓発系の考え方を集団に適用して取り扱うといった感じで、なんとなく座りが悪いものを感じつつも確かにパワフル。

序章でも触れられているが、こうした視点はソフトウェア開発のようなロジカルな世界ではさほど有効ではない。デバッグはプロブレム・フォーカスなしには進まないだろう。しかし、人と人が関わるプロジェクト運営のようなエモーショナルな世界はロジカル一本槍じゃ割り切れない問題が起こりうる。そして著者がいうように、多くの問題は、人と人の間で起こるのだ。

全部読み終えずにいきなりやり方もよくわからぬまま『ソリューション・フォーカス』しはじめると、全然別の姿が浮かび上がる。例えば組織のコミュニケーションを強化したいなら、手っ取り早く自分のコミュニケーションを強化してしまえばいいのか。これをトム・ピーターズ「トム・ピーターズのサラリーマン大逆襲作戦〈2〉セクシープロジェクトで差をつけろ! 」(仁平和夫・訳、阪急コミュニケーションズ)と組み合わせると、とてつもなく陽気なスタイルが生まれるなあ。

本文中に特に強調されていないけれど考えさせられたのが、問題志向と解決志向の対比の中にあった、『専門家が答えを知っている』<>『協同作業で答えを見つける』という箇所。すべてのケースはユニークであり、厳密な意味での専門家はいない。ときに専門家は別のケースのアプローチを強引に適用することでいらざる摩擦を招いて解決を遠ざけさえする。実にぶっちゃけたことをいう。笑い。

専門家とその仕事への敬意を忘れぬよう肝に銘じつつ、ベストプラクティス的なアプローチはいきなり問題解決した世界を目の前に描き出すという意味で近いのかなと思いつつ、まあ少し援用してみることにしよう。

さて、悲しい話をしよう。

ここに一人の可哀想な女性がいるとする。

彼女は仕事を終え、混み合う電車を乗り継いで最寄り駅、途中夕飯を買って、家にたどりつき、はじめて職場に家の鍵を忘れたことに気がついた。電話をすると、実に気の効かないやつが出た。職場は開いている、と鍵を取りに戻ってきて、気の効かない男に途中で買い求めた夕飯の海鮮太巻きを半分くれてやった。鍵を持ち、自分の席で夕飯を食べ、悲しい気分をYouTubeでかわいい動物の動画を見てなだめすかし、再び家路についた、としよう。

……最寄駅までぼくが鍵を持っていってやるとかすりゃよかったんじゃねえの?

問題を自己の問題として扱えないと、このようなもの悲しい風景が目の前で展開されてしまうわけである。『協同作業で答えを見つける』ことは、実に重要であるなあ。

って、気の効かない男って、お前かよ!

……海鮮太巻きごちそうさまでした、S嬢。苦笑。





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