中村博文「【熱血!寿司職人物語】音やん」(双葉社)

comics 】 2008 / 01 / 04
牛次郎や寺沢大介、雁屋哲らが切り開いてきたグルメマンガはともすれば食が全面に出すぎて単調になるストーリーを料理勝負で盛り上げるというどこか共通するフォーマットがある。これはこれで、どう勝負の綾を組み立てるのかを読む楽しみはあるわけだけれど、食についての重厚な薀蓄が薄っぺらいストーリーラインに乗せられているのを見ると、一面なんだかなあ、とも思わせるわけだ。そんな中、銀座の小さな寿司屋を舞台に描かれる九十九森・さとう輝「江戸前の旬」(日本文芸社、『週刊漫画ゴラク』連載)は江戸前寿司の伝統を守る頑固な父と誰からも愛される三代目の青年を軸に、親子や兄弟、師弟関係、様々な常連客との間で寿司を巡って生起する小さな出来事を丹念に積み重ねて読み応えがあり、気がつけば週刊連載を楽しみに読むようになった。ここ1ヶ月は兄、姉が結婚して家庭を構え、もう一人の兄が海外放浪する中でひたすら寿司修行を続けてきた主人公の三代目・旬のラブストーリーが続いている。連載もすでに39巻に達し、また雰囲気が変わりそうだ。

もともと『週刊漫画ゴラク』は来賀友志・嶺岸信明「天牌」(日本文芸社、『週刊漫画ゴラク』連載)を楽しみに読んでいた。来賀・嶺岸コンビはかつて竹書房時代に名作「あぶれもん」(竹書房)を世に送り出した名コンビ。嶺岸はこの他にも山根泰昭の原作で「勝負師の条件」(竹書房)という麻雀劇画史上屈指の名作を出し、土屋ガロン(狩撫麻礼の別名)原作で「オールドボーイ」(双葉社)というこれまた類例のない骨太のサスペンスを描き、後年韓国映画の原作となっている。

ぼくはそもそもが少年向け週刊マンガ誌の連載をいまだに読んでいるせいで、大人のマンガ誌までは手が回らずに落としている作品が多い。ここで取り上げる「音やん」もそうした作品だった。



たまたま古本屋でコンビニ軽装版の再編集本を買い、あまりの面白さに19巻まである単行本のうち、すでに読んだもの以外を買い求め読んだ。最終刊の19巻が出たのが2005年、連載していた「アクション・ピザッツ」の休刊により連載場所を失って中断しているようだ。

病で死別したいいなづけの女性の面影を引きずって仕事に実が入らない寿司職人音やんこと花田音三郎。親方の計らいで心機一転、関西から東京・月ノ島にあるあかね寿司にやってくるところからはじまる破天荒な活躍ぶりが中心の1巻は他の巻とは少し趣が違うが、ちばてつや門下の俊英だったという作者のうしろには確かにちばてつやテイストが充溢し、音やんの極端にデフォルメされた言動が料理マンガというよりは人情コメディといった風情。音やんが過去を整理し、寿司職人として生きはじめる1巻の終わりあたりから、上滑りした空気は引き締まり寿司勝負を軸にストーリーは展開する。

もてないチンピラ、吉沢永吉が音やんに拾われてあかね寿司でアルバイトをはじめる5巻以降は人物のそれぞれの持ち味がうまく割り当てられぐっと奥行きが出てくる。物語は寿司や日本の食文化をめぐるエピソードと寿司勝負を織り交ぜながらも、奇をてらう寿司が主役になることはない。一見普通の握りの背後にある伝統や技を描きつつ、そこではあくまで食べる人が主役であることからそれない筋の通し方がここちよい。マグロ漁船上がりの無骨で酒好きな木戸金次、若くして天才寿司職人とうたわれた美形でクールな富正平らが、義理人情に厚く腕が立つがおっちょこちょいな音やんを慕って集まり、紆余曲折を経て住宅街で音すしを構えるあたりからは、寿司勝負を巡るストーリーテリングは後景に消え、カウンターのこちらと向こう側、職人と客のエピソードを一話一話丹念に語って円熟を感じさせる。

特に「音やん」らしさを感じさせるエピソードは19巻の「盛り込み!!」だろう。亭主に先立たれ、おかみさんが切り盛りする一平寿司はほかの寿司屋から旦那の技術をみようみまねでやっているだけで論外だといわれる店。老人ホームからの仕出し弁当の仕事を争い、試作品を届ける日、一平寿司にたまたま音やんが現れる。「うちの店にきたって何も収穫できないよ。わたしは寿司名人でもなんでもないからね」という人のよさそうな一平寿司のおかみさん。しゃりをほめる音やん。試作品の盛り込みをはじめようとしたときに、娘が事故にあったと電話がかかってくる。仕事をあきらめて店員にあとを任せ出て行くおかみさんと、せっかく準備してきた大きな仕事が不意になったことを残念がる店員。気のいい音やんが盛り込みと握りを手伝い、一平寿司はこの仕事を手にする。お礼に便乗して音やんの握る寿司を勉強にやってきた一平寿司のおかみに音やんは、「そうですか、でもおれは…/寿司名人でも何でもないから…何の収穫も期待できませんよ!」

19ページの中で寿司がきちんと描かれるのは音やんが助っ人として握る1ページだけ。これといって珍しい寿司が出てくるわけでもないこの古典落語のようなストーリーには「音やん」だけが持つ軽妙さと人情味が充溢し読む者をそらさない。

昨年末に発売されたコンビニ軽装版の料理マンガ特集「食の鉄人たち 美味激うまコミックスペシャル」(双葉社)には久し振りに新作の読み切り3編が収録されているようだが未読。連載再開を切に期待したい。

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