マルチライフとアナザーライフ

network 】 2007 / 08 / 26
FPNの「mixi中毒から考えるセカンドライフ不人気な理由」を読んでいて、なるほど「セカンドライフ」という言葉から連想されるものは一つではないんだなと気付いた。(このエントリ、出典はmasakiさんの広告なんて大嫌い!!なんちゃっての方なんでしょうか。とりあえずこちらもリンク&TBしてみよう)

で、
そこで思ったのは、セカンドライフにもセカンドライフ中毒というのは存在するのだろうか?ということだ。

自分は、セカンドライフではセカンドライフ中毒というものにはならいないと考える。

なぜなら、冒頭で書いたようにセカンドライフでは、全然セカンドライフできないからだ。
と、mixiに代表される非同期型のコミュニケーションツールを例示しつつmasakiさんは上のように書いているのだけれど、おそらくここでいうセカンドライフとは、リアルライフを生きながらまったく別の時空に存在する誰かとコミュニケーションする、いわば「マルチライフ」のことを指しているのだと思ったわけです。パブリックな自分とプライベートな自分、実名の自分と仮名の自分が混交するような生き方が、ある種「セカンドライフ」と呼びうるのだな、と。

一方で仮想空間としての「セカンドライフ」は全く別の時空、今の生活と引き換えに生きられる「アナザーライフ」たらんとするもので、このあたりはMMORPGとも共通するところ。しかし、「セカンドライフ」は「アナザーライフ」にするには退屈だろ? という、今まさに新たな媒体の開発に向かって邁進している広告業界に水をぶっかけるような話として、『全然セカンドライフできない』という言葉が広告業界にいらっしゃる方から出てくるのというのが非常に感慨深いです。

ちなみにMMORPGもセカンドライフのように強力なマシンパワーを必要としない、ウィンドウモードで動作するタイトルだと、「アナザーライフ」で戦友とともに戦い抜きつつIMで知人とチャットしながら、さらにmixiをチェックするなどというもはや何だかわからない人生がそこに展開したりします。

一方では、中国でMMORPGをぶっ続けでプレイしつづけて死んだだとか、EverQuestにはまってリアルライフがぼろぼろになったとか、RMTに数十万つぎ込むなどといったMMORPG中毒というのは確かに存在するわけで、セカンドライフがアナザーライフ足りえないとしても、いまこのネットのどこかにはおそらく無数のアナザーライフを生きている人がいるんですよね。

というわけで、特に結論はありません。笑い。

同期型と非同期型については過去のエントリーの「ネットゲーム2.0を考える (2)非同期型から同期型へ〜日本のネットゲームの潮流〜」を、セカンドライフがなぜ駄目かについては昨日の「グローバル・ヴィレッジとセカンドライフ」をお読みください。微笑。





Comment(8) | TrackBack(1) | network

この記事へのコメント
トラックバックありがとうございます。

マルチライフとアナザーライフという言葉。
自分が言いたかったニュアンスを見事に言葉にしてもらった感じです。
mixiのような、もう一人の自分が勝手に一人歩きしている感覚というのがセカンドライフと比較したら面白そうだな〜と思い書いたんですが、引用していただきありがとうございました。
Posted by マサキ at 2007年08月26日 20:40
マサキさん:

わざわざご覧の上コメントまでいただきありがとうございます。

ちょうど昨日、セカンドライフについての違和感をまとめていたら、今日になってマサキさんのエントリーになぜかたどりつき、この視点はなかったなあ……と慌てて追加してみました。微笑。

さらにいうと、非同期型のmixiなどのコミュニケーションツールはのめりこんでしまった人にとってはリアルライフと同期するのに対して、同期型のセカンドライフやMMORPGにのめりこんでしまった場合はリアルライフと非同期になるという見方もできそうです。

ただ、それが今後どういう意味を持つのかがちょっとつかみかねるところですが。
Posted by 衰弱堂 at 2007年08月26日 21:13
セカンドライフは少しした事あるのですが、人見知りの私には辛いものがありましたね。ですが、セカンドライフを1日10数時間プレイしてる人というのも中にはいます。どういったゲームにも廃人と呼ばれる人種は存在する訳で、セカンドライフのようなゲームですと、その空間に居心地の良さでも感じてるのでしょうか。本人では無いのでわかりかねますが。

そしてMMO廃人というのはアレですね、私も以前は、邪鬼もゲームし過ぎで死ぬんじゃねぇのか?無理するなよ?等と言われてしまう程に廃人生活をおくっていた事があります。これは私の場合ですが、ゲームをプレイしているというよりは、ゲームをプレイしないと駄目みたいな強迫観念みたいなものがありましたね。最初の内はランキングに名前を載せたいという一種の楽しみや目的もありプレイしていましたが、サーバーTOP辺りにもなると人に抜かせない為とか今にして思えば意味不明な理由の元プレイしていました。ゲームを楽しんでるというよりは何というのでしょう、しなきゃいけないみたいな意識に近かったから、苦痛もありました。

アニメにしろゲームにしろハマリ過ぎは注意ですね。最近は課金ゲームも多いですし、余裕のある中でプレイするにはいいでしょうが、生活費切り詰めてまで課金アイテムを買ってる人も中にはいます。

結論 何事も程ほどが一番
Posted by よっちゃん at 2007年08月26日 22:32
更に追記

人により価値観は異なるものなので、必ずしもそうとは言えませんが、中国の対人ゲームでPKされた腹いせに相手の所在地を突き止め、実際に報復するという殺人事件がありました。ネット、特にMMOでは良く使われる言葉です「リアルで殺す」という言葉は。

しかし、そういった発言をする人は本気で殺すつもりで発言してるのでしょうが、ただ罵倒や負け犬の遠吠えで上記の発言をしてる人が殆どだと思います。そういう私も「リアルでぼこる」「マジ殺す」とか言われた事があります。

何が言いたいのかと言うと、その国の国民性とまで言えば言いすぎですが、一部の国の方は日本人よりゲームにむきになりやすい傾向があるのでは無いでしょうか。

日本人の中にもいますが、一部の国はアカウント共有やBOTorマクロを使いレベルを上げたりゲーム内マネーを稼ぐ人が多いです。
その背景には、RMTをして現実社会のお金を手に入れるというものもありますが、対人ゲームにおいては、人より強くありたいという背景があると思います。

かなり長くなりましたが、ゲームをプレイして死んだ方も人より強くありたい、人より良いアイテムを持ちたいというあまり、過剰なプレイをして死んだのでは無いでしょうか。楽しいから必死にプレイして死んだというよりは、優越感に浸りたいが為に過剰なプレイをしたものだと私は思います。

一時期知り合いには本気で心配される程に廃人プレイをした私が言うのも何ですが、ゲームなんて所詮は遊びです。
ネットが普及し人との触れ合いや、ネットで出来る知り合いとかは非常に楽しいものです。

ですが、あんまりにも必死にゲームをプレイするのはいかがなものでしょう。必死になるからこそ、対人で倒された時に苛立ち、また攻城戦のようなもので負けた時も必要以上の苛立ちを感じる方もいます。

社会人で仕事をされてる方でも廃人プレイをされる方はいますが、この手の方で場合によると、自分があまり時間をゲームに割けないから課金アイテムに大金をつぎ込む方も存在します。1ヶ月20万円以上使う方も現に私は知り合いでいます。

とある方は一時期DOCOなるゲームを楽しんでおられました。かなりの頻度でプレイをされてましたが、終始楽しんでプレイしてたように思います。

所詮はゲーム、どれだけ頑張ってキャラを育てようとデータ上のものです。運営がサービスを終了してしまえばデータは消滅し何も残りません(知り合いとかは残りますが)

とある方のように必死になり過ぎず程々に熱中して楽しむのが一番良いプレイの方法なのだと私は思います。

人間何事も熱くなり過ぎてしまうとまわりが見えなくなりますから

色々と突っ込み所や、いや、それは違う。といった意見もあるでしょうが、私の価値観の述べさせて頂きました。長文失礼

(だってレスしやすかったんだもの)

Posted by よっちゃん at 2007年08月27日 02:34
よっちゃん:

貴重な生の声をありがとう。「セカンドライフは少しした事あるのですが、人見知りの私には辛いものがありましたね。」これ、多くの人がそうだと思います。結局、人が人とコミュニケーションするには、一定の背景や価値観・目的の共有がないと無理なんじゃないかと。

そういう意味で、明確な世界観の元に役割を割り当てるMMORPGの方が、ユーザにとってはよほどコミュニケートしやすいんじゃないか、というのが強いていえば「セカンドライフ」に対する回答です。

このあたり、サービス復活がささやかれる「疾走ヤンキー魂」が本気でリアルとのアライアンスを組んでゲーム内広告を展開するようになってくると面白いと思いますが。DOCOにもその可能性はあったはず。ただいずれにせよ、よほど力のあるビジネスプロデューサがいない限り、このあたりは日本のMMORPGにおいては流れは変わらないでしょうね。
Posted by 衰弱堂 at 2007年08月28日 02:25
疾走ヤンキー魂は、少ししてみたいです。

夜露死苦!!

↑今こんなペイントを壁にする人は果たしているのかな!?
Posted by よっちゃん at 2007年08月28日 13:39
この領域は、いずれ個人的にも探求しなければならぬエリアゆえ、コメント投下。

とはいえ、参考サイトの紹介でお茶を濁してみるヽ(゚∀゚)ノ


<求めすぎる人々>
http://kerberos.s66.xrea.com/aln/archives/000080.html

『求めよ、さらば与えられん。 聖書にはこんな一節がある。
現代、インターネットという世界で何かを求めればそれは容易に与えられる。
求められるのは情報だけではない。他人との触れ合い、理想の自分、権利、etc・・
ネットはもちろんそれに答え、与えていく。
そして、今、ネットゲームの世界に「求めすぎる人々」が増えてきている。』


もう、これでかなりの部分が整理されている感じ。さっき見つけ、その既視感に驚嘆した。「認知的不協和論」からの視点も秀逸。

フェスティンガーについては、また機会を改めて。
Posted by 銀弾 at 2007年08月29日 13:29
銀弾丸さん:

「求めすぎる人々」というタームは広義でいえばオンラインゲームに限らず、コミュニケーション全般にいつのまにか広く浸透しているような。クレームでマジギレとかMixi中毒とか。ここ、掘るとなんかありそうですけど、単なる世代論におさまる話でもなさそうですし、実際めんどうですね。苦笑。
Posted by 衰弱堂 at 2007年09月02日 02:07
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