グローバル・ヴィレッジとセカンドライフ

network 】 2007 / 08 / 25
ぼくは一時期、マーシャル・マクルーハンが「グーテンベルクの銀河系」で唱えた「グローバル・ヴィレッジ」という言葉に違和感を感じていました。メディアの広がりと情報通信の進展で地球規模の共同体が実現する、という彼の発想はあまりにオプティミスティックに思えたからです。しかし、最近とみに、マクルーハンが口にしたのとは別の意味で「グローバル・ヴィレッジ」が成立していることを痛感しています。マクルーハンは、なぜ「ヴィレッジ」という言葉を使ったのだろう……。それは今になってみるとあまりにも的確な表現だったのではないでしょうか?

いまここにある「グローバル・ヴィレッジ」、それはインターネットによって実現されたグローバルなネットワークの上に作られた、無数の村。世界はマクルーハンが予言したように一つの村になることはなく、今も際限なく無数の村を生成し続けています。どの村の村人も、見えない村の境界の中にとどまり、他の村と交わることはほとんどない。ときに村同士の争いが起こり、それを遠巻きに噂する別の村がある。あるときいくつかの村は一つの、少し大きな村になり、そのうちのいくつかはまた小さな村に分かれていく。

学校のクラスの中にグループが自然に生まれるように、会社の中に派閥が生まれるように、おそらく人はア・プリオリに無数の人とコミュニケートすることができない生き物としてあるものなのでしょう。コミュニケーションを阻害するのはインフラの有無ではなく、そうした人のあり様なんだろうということを、いまインターネットは暗黙のうちに伝えています。例えばぼくがいまここにメールアドレスを掲載すると、おそらく大量のspamが流れ込んでくると思います。そのすべての送り主と、無数の悪意と、あなたはコミュニケートできますか?

いくつかのMMORPGをプレイした経験からも、ぼくは、世界のコネクトされた全ての人が自由にコミュニケーションする、といった類の楽観的な未来像をまったく信用していません。こんなこと、自明の事実だと思っていたのですが、なぜか「セカンドライフ」に代表される仮想社会の話を持ち上げる人はやたらと性善説によって立つオポチュニストが目に付きます。

例えばソーシャルネットワーキング.jp「グーグルアースが仮想社会に発展する意味とセカンドライフの焦り」はその典型的な例。
 グーグルの地球の上でアバター姿で出合った旅行好きの二人が意気投合して、実際に旅行に行こうということになり、色々な旅行のWebサイトを探索し、写真やブログ、動画を見た後、そこから一緒にアバター姿で実際に現地のホテルやビーチ、博物館や美術館などに行って評価してみたいと言うシーンが今後、想定されます。
ぼくはこうした想定は全くの特殊例であって、レミオロメンの「粉雪」でもあるまいし、そんな簡単に億を超える人の中から誰かを見つけ出して意気投合するわけがあるか、と苦笑を禁じえないわけです。というか、2人が意気投合して、というレベルのコミュニケーションならすでにインターネットのあらゆる場所で今この瞬間にも生起し続けているわけで、Google Earthやセカンドライフの存在を前提にする必要なんか全くないじゃないですか。笑い。で、さらに
●セカンドライフの成否に関わらず3Dインターネット時代は訪れる
とも語られているわけですが、「3Dインターネット時代」というのが全くもって意味のわからない時代。ケータイを中心としたユビキタスコミュニケーションへの視点が抜け落ちているし。同じメッセージを伝えるために大量の電力を消費する「3Dインターネット時代」とやらは地球に優しくないし、ユーザにも優しくない上に、本来必要のない同期通信のために大量のパケットを垂れ流しネットワークを圧迫する、とても素晴らしい時代ですね。微笑。

で、セカンドライフを支持する人たちにはこうした楽天主義者とは別にもう一派、広告代理店系のそれがいるようで、INTERNET Watch「Second Lifeがゲームを吸収する」、水口哲也氏という記事にはそのあたりの人たちの本音が垣間見えます。この記事は電通のSecond Lifeプロジェクト、「バーチャル東京」の説明会でのパネルディスカッションをまとめたもののようですが、ゲームクリエイターの水口哲也氏の発言として
 水口氏は、「Second Lifeのコンテンツを開発していると、メディアが誕生する黎明期に立ち会っているようで面白い。3Dインターネットはこれから大きなストリームになっていくのではないか」と語る。「Second Lifeのようなメディアがゲームを吸収していく予感もする。今のオンラインゲームが前哨戦のようにも思える。ただ遊ぶだけでなく、広告も絡めた新しい表現をもっと作っていきたい」とした。
とあります。要は縮小するマス媒体を代替する新たな広告メディアが欲しいという話? ユーザからすれば、「ただ遊ぶ」だけでいいんですけど。そういう意味では「ただ遊ぶ」ことすらまともにできないセカンドライフは今のオンラインゲームの旨みやらコクやら手間ひまやらを省いた素人料理みたいなもので、舌の肥えた顧客からすれば、まったく食指が伸びない代物だと思いますよ? なんでもできる自由がすばらしい、というのは作り手の発想であって、全くユーザ視点が欠けてます。広告も絡めた新たな表現? そんなもの欲しくないよ。どうせ看板置くだけのくせに。新幹線から見える田舎の田んぼみたいで、文字通りヴィレッジな気配。笑い。

どうやらぼくの見る限りにおいては、ルールのない世界を楽しめるほど、人は高尚な存在ではないようです。ポストモダニズムが『大きな物語の終焉』を告げてから、すでに長い時間がたちました。そして、いまぼくたちは《セカンドライフ》においては物語へ回帰しようとしているように見えます。ハリー・ポッター、ラノベ、そしてMMORPG。わかりやすい枠組みの中で、与えられた別の自分を生きることに向かうのに対して、セカンドライフのような『別の自分を作り出す』ことは、とても苦しい営みなのです。もう、リアルライフの自己を維持することすら難しくなってきているというのに。

とまれ、3Dインターネットとやらはすでに産まれ落ちてしまったわけで、今後それなりに進展していくとは思いますけれど、MMORPGのギルドやSNSのコミュニティのようなマイクロコミュニティを3D空間でどう表現していくか、というのは意外にハードルの高いテーマだと個人的には思います。すでに3DのMMORPGは複数存在しますが、2Dの情報ウィンドウやチャットウィンドウの存在なしではまともにコミュニケーションできないでしょう。マスメディアの人間から見れば、そんなことは関係ないんでしょうけれど。とにかく俺たちが作ったコンテンツと広告を見ろ、面白いだろ、ということでしょうか。そんな方たちには、毎日10回「インタラクティブ」と呪文のように唱えることをおすすめします。





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この記事へのコメント
昨日読んだけれど、睡眠不足で頭が働か無かったよ(/_;)

粉雪 は インストールしてるけど…
無料でダウンロードしただけ、たまに聞く



インターネットのつながらないアナログなは、まずそこまでついて行かない 3D?2Dもマトモに入って来ないのに?



mixiとやらには足を踏み入れていない…

近くまでは行ったが…料金を気にして止めた帽子…貧乏性
広告媒体の表示やアバターには興味がない[]
それなりに自分自身に満足しているから、偽る事はない。妄想しても…





前のも探してくる

Posted by anan at 2007年08月27日 12:16
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