ネットゲーム2.0を考える (3)Web2.0ライクなネットゲーム2.0の素描

online game 】 2007 / 08 / 07
(承前)

さらに引き続き銀弾丸氏のリクエストに応えるべく「ネットゲーム2.0」について語ろう。といいつつ、「ネットゲーム2.0」についてまったく語っていないが。笑い。しかし、ここまでの「Web2.0」の整理と「日本におけるネットゲームの潮流」の整理から、鋭い人はすでに「ネットゲーム2.0」のアウトラインを描けているかもしれない。そうでない人のために、まずは(1)で行ったティム・オライリーが提示した「Web2.0の7つの原則」を必要に応じてネットゲームを示唆する言葉に置き換えてみようと思う。

すると、以下のような文言が出来上がる。
1.プラットフォームとしてのゲームクライアント
2.プレイヤーの集合知の利用
3.データは次世代の「インテル・インサイド」
4.続編タイトルの終焉
5.軽量なプログラミングモデル
6.単一デバイスの枠を越えたプレイ環境
7.リッチなユーザーエクスペリエンス
これらのうち、いくつかはすでに実現され実際に機能しているものもあるが、これらのすべてを満たすネットゲーム、ネットゲーム2.0と呼ぶにふさわしいタイトルは未だ現れていないと思う。

そして、ここまで敢えて語らなかったが、ユーザは必ずしもネットゲーム2.0の登場を歓迎するとは限らない。特に日本においては巨大なコンソールゲーム機市場の存在とそのたゆまぬ進化、それに伴う一定のゲームリテラシー、逆にいえばゲームに対する固定観念を有する巨大なユーザ群の存在ゆえに、ネットゲーム2.0の普及は大きく阻害されると考えていいだろう。

よってネットゲーム2.0において日本市場が牽引役を果たす可能性はきわめて低く、恐らくは韓国もしくはアメリカのマーケットで密かに登場し、徐々に世界的な広がりを見せる中でゆっくりと日本市場に浸透していく形でその姿を現すものと予想する。

Web2.0は、ティム・オライリーの目の前に、確かに存在した。しかし、ネットゲーム2.0は、今この世界のどこにも存在しない。ここまで長々と書き記してきたが、結局のところ、ネットゲーム2.0について断定的に語ることは不可能だろう。

本章を最後とし、ここでは上記のWeb2.0の7つの原則とオーバーラップする、ネットゲーム2.0を予感させるいくつかのケースを少し拾うことでまとめの代わりとしたい。正直すまん。笑い。

・欧米のPCネットゲームで広がるMOD文化
Diablo時代には例えばユニークアイテムの鎧を指輪にする、などといったチート行為が一部で行われていたが、逆にユーザにデータやスクリプト、エディタなどの開発環境を提供し新たなアイテムやユニット、マップ、対CPUプレイ時のAIなどを開発できるゲームはすでにMORPGやRTS、FPSなどにおいて多くのタイトルが存在する。プロアクションリプレイのようなツールを利用したゲーム改造ではなく、デベロッパがBBSベースでゲームタイトルのコミュニティを用意し、誰かが開発したMOD(Modificationの略語)が同一タイトルをプレイするユーザの間で共有される。

中にはCounter-Strike(2000)のように、Half-Life(1998)のMODとして開発され、その完成度の高さによりパブリッシャーより販売されるに至ったケースも存在する。

これは「プラットフォームとしてのクライアントソフト」、「集合知の活用」、「軽量なプログラミングモデル」を活用した、極めてネットゲーム2.0的な現象の一つとして特筆すべきだろう。

・ロビーサーバの進化とe-sportsの登場
今や着メロや着うた、着音などのモバイルコンテンツで知られるドワンゴがかつてはネットゲームのマッチングサーバ事業をやっていたことを知っている人ももはや少ないのではないだろうか。Diabloの時代からBlizzardはBattle.netというロビーサーバを用意し、仲間を集めて一緒にダンジョンに潜ったり、知り合い同士で冒険を楽しんだりといったプレイをサポートしていた(驚くべきことに、Diabloは今なおBattle.netでプレイ可能なようだ)。

こうした、単にユーザ同士をマッチングしたりそこでチャットをしたりするためのロビーサーバは次第に機能強化され、特にRTSにおいてはゲームの戦績に応じてレイティングを行いその優劣を競ったり、クランを登録してクラン同士のレイティングを行うといった形でコミュニケーションをより深める方向に進むケースが出てきた。

この中から、高レートのスタープレイヤー化とWebコミュニティを通じてのスタープレイヤーのリプレイデータの公開など単にプレイするだけでなくゲームを見る楽しみを提供するという新たな価値付けが行われ、ついにはプレイヤー数の多いRTSやFPSでは各国予選を勝ち抜いたプレイヤー同士での世界大会が開催されるところまで来ている。こうした高レベルのプレイヤーの中には企業のスポンサードを受けてプロゲーマーとして認知され、e-sportsという言葉が少しずつ広がり始めている。

ユーザのレイティングは「集合知の活用」であり「データを握ることの優位性の活用」という点において、ネットゲーム2.0的であり、リプレイデータの閲覧もまた「ゲームクライアントのプラットフォーム化」、「リッチなユーザエクスペリエンス」などの点からネットゲーム2.0の萌芽を感じさせる。

・「Second Life」は「ネットゲーム2.0」か?
一部の日本のIT企業が続々と参入を表明し、入門書も続々と出版されるなど不当に高い脚光を浴びている「Second Life」。これこそがまさに「ネットゲーム2.0」なのではないだろうか? と思われる方も中にはいるかもしれない。しかしぼくはそうは思わない。「Second Life」は、ゲームではないからだ。

しかし、(2)で取り上げた富士通の仮想空間「ハビタット」と「Second Life」を比較してみると、ネットゲーム1.0とネットゲーム2.0の違いがより明確になるのではないかと思う。「ハビタット」は与えられた空間、与えられたルールの中でアバターが動き回る仮想空間であったのに対し、「Second Life」はまさに「プラットフォーム」として「軽量なプログラミングモデル」と「集合知の活用」により発展しつづける空間だ。それゆえ、かつてエリック・レイモンドが説いたバザール開発モデルにより、「Second Life」の世界の中に一定のルールを持ったゲーム空間が出来る可能性がないとはいえない。しかし、それは非常に迂遠だ。

・Ultima Onlineはその永続性でネットゲーム2.0たりうるのか?
1997年9月にサービスを開始したウルティマオンラインは数度の拡張パックを経てついに10周年を迎えようとしている。拡張パックとは、新たなマップやモンスターの追加、機能やインターフェースの改善を行うもので続編タイトルではない。単一タイトルとして今なお存在しつづけるウルティマオンラインこそが、あるいはもっともネットゲーム2.0に近い場所にいるのかもしれない。

しかし、「ネットゲーム2.0」とはもっと開かれ、様々な情報やデバイスと結びつき、<デベロッパー・パブリッシャー・プレイヤー>の三角関係を決定的に突き崩すものとして現れるはずだ。今のウルティマオンラインの開発チームやパブリッシャーにはそこまでの決断はできないだろう。そもそも10年にもわたる長き歴史を有するタイトルにおいて、ユーザはそのようなドラスティックな変革を望む必然性がない。また、ベースのプラットフォームの設計の古さがその実現にとって大きな壁となる。

・ネットゲームブロゴスフィアの存在のパブリッシャとの距離感
多くのネットゲームにおいて、特にMMORPGにおいては、極めて影響力の高いまとめサイトが作られ、多くのユーザがブログにおいてプレイ体験を語っていく中で独自の情報圏が構築されていく。こうしたネットゲームブロゴスフィアに対して、既存のパブリッシャは何ら有効な手を打てていないのが現状だ。自社のパブリッシュするゲームに関するブログの更新情報すら提供できないレベルで、どうすればネットゲーム2.0を実現できるというのだろうか?

とまあ、以上のようなケースを目にする限り、個人的には「まさにネットゲーム2.0」と呼びうるものが登場するまでにはまだ数年を要するように思う。そして、それはぼくが望んでいるような形ではないかもしれない。Web2.0の類推から導かれるネットゲーム2.0は、あるいは、悪夢のような世界かもしれないからだ。

人は、どこまでゲームに対して自己を開いていくべきなのか。ネットゲーム2.0はそうした問いを確実にプレイヤーにつきつけてくるだろう。今ぼくはそうした問いには答えたいとは思えないのだ。

「ネットゲーム2.0を考える」(完)







Comment(2) | TrackBack(0) | online game

この記事へのコメント
大作というか大著乙。
あまりに広範囲ゆえ焦点絞ってコメントするのもアレなのですが。
そもそも、もっぱらクライアント側である、銀弾にとって、そもそもこの「web2.0」というのが、もう完全に『バズワード(buzzword)』なわけです。あい。

なもんで、そのあたりの好奇心的なとこに、ついついゲームという素材を加味してリクエストしてしまったわけですが、やっぱ、こういう風に長編になってしまいますよね。すんませんでしたヽ(゚∀゚)ノ

とはいえ、深夜のチャトブレスト等を経て、自己流にいろいろ考えていくならば、実は、ネットゲーム2.0ってのは、web2.0の中に吸収される存在であって、Second Lifeは、web2.0の中のコンテンツとして解釈するのがヨサゲな感じもします。

が、これも繰り返しになりますが、これらってビジネスモデルとしてどうなの?概念としてのポストモダンと同じじゃねーの?とか、いまだ未整理の部分があります。

って、いまふと閃いたのだが、高城剛。
あ。彼はハイパーメディア・クリエイターだったか。そういえば。

そう、ハイパーメディアって何?みたいな怪しさはが、まさに両者に通底しているのである。謎。


Posted by 銀弾 at 2007年08月07日 16:04
Web2.0はその名のとおり、「Webがすべてのプラットフォーム」なわけで、ネットゲーム2.0の方がむしろプラットフォームが錯綜してより複雑な様相を呈するだろうと思います。PCクライアント、Web、コンソール機、携帯電話、携帯ゲーム機、アーケード機、さらにはGPSあたりの情報も絡んでどのようにコネクトされるのかわからないという点もまた不気味さをはらんではいるような。

で、Web2.0自体はまったくビジネスモデルを定義するものではないわけですが、ティムのエッセイの中には例えば、「MSとGoogle」とか「SiebelとSalesforce」という興味深い比較があります。一般的に前者はクライアントによる閉じたロックイン戦略であったのに対して、後者はAPIを公開して多様なサービスとつなぎ合わさった上で生態系を構築し結果的にユーザがそこから離反できなくなる、という違いはあります。これはビジネスモデル的に見てよしあしを比べるというような話でもない気もします。Web2.0自体現在進行形の現象で、ビジネス的な成否を判断できるかといえばどうかな、と。

Googleは別の面から見れば株式公開企業で、多くの株主に対して責任を負っています。Web2.0の進展が株主との利害相反につながる局面を迎えないという保証はないわけで。

ハイパーメディア……無言で合掌。心中微笑。
Posted by 衰弱堂 at 2007年08月07日 22:40
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