体育会系の思考が日本をだめにする?

essay 】 2007 / 06 / 16
6/15のエントリー
すべての企業人にはプロジェクトマネジメントの基本的な考え方に対する理解が必要だなと痛感。
と書いたが、これ、体育会系の思考がベースにあるからじゃないのか、とふと思った。

スポーツというのはゴールが極めて明確でそこに至るためのルートはほぼ限られている活動なんですよ。

個人競技にせよ、団体競技にせよ、スポーツのゴールは相手の記録や相手チームに勝つことですよね。でも、何のために相手の記録や相手チームに勝たなければいけないの? そこに対して学校スポーツはきわめて抽象的な教育的理念を与えてみたり、そのことによりプロ化への道が開ける、という形でゴールを先延ばししたりする。

ときに勝つことが目的ではない、という。じゃあゴールは何? 頑健な身体をつくりあげること? このとき、頑健な身体という、プロジェクトでいう成果物に対して、その成果物によりどのような未来を実現するか、というビジョンが示されていないのが問題なのだ。

一方で、例えば神戸製鋼の平尾誠二のような突出した人材はまったく異なるアプローチをしているように思う。彼はラグビーを人生における楽しみのひとつとして位置付けた上で、ラグビーという競技をより楽しむためにその幅を広げる、というビジョンに対して、与えられたメンバーで最大のアウトプットを出すというゴールを設定してチーム作りを行った。

プロジェクトにおけるゴールとは多くの場合最終成果物の完成を指すが、最終成果物自体が単体で意味を持つケースは少ない。スポーツにせよ、ビジネスにせよ、得られた最終成果物からどのような未来を導くか、という視点がなければ、プロジェクトをマネジメントすることの威力は半減する。逆に、望むべき未来から今求められる成果物を定義しなければならない。体育会系の思考をする人の多くはこのことを理解していない気がする。

平尾誠二の挑戦は、ビジョンの大小が見出される未来の大きさを決める例として記憶にとどめておきたい。このあたりは彼の一連の著書で繰り返し語られているところでもある。





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