神林長平「膚の下」(早川書房)

books 】 2004 / 07 / 14
神林長平「膚の下」(早川書房)を読み終える。まさに渾身の一作。700ページ弱の分厚い1冊を少しずつ読み進め、最後は久しぶりに残余の紙幅を惜しんだ。

『文学の死』ないしは『小説の死』が宣告されてもはや久しいけれど、そもそも文学を殺したのは、小説を殺したのは誰なのかということを考えていた。結局のところ、文学は、文学に殺されたのかもしれない。例えばすでに目の前にドストエフスキーの諸作があって、何を付け加えられるだろうか。20世紀文学は先行作を回避するために未開の地を血眼になって求めつづけ、フロンティアの消滅を目の当たりにして、立ち止まった。もはやここには、何ら付け加えるべき言葉が、ない。ありとあらゆる愛の形がすでに目の前にあるにもかかわらず、わざわざ世界の中心で愛を叫ぼうとするのは無知か恥知らずの振る舞いでしかない。残されるのはスタイルの問題だけだ、と多くの人は感じている。

人間にしか作り出せないものを思考の中だけででも作り出すこと、存在の革命に向かってひたすら愚直なまでに「死霊」を書きつづけた埴谷雄高にも似た神林長平の仕事は、それゆえもっと高く評価されてしかるべきだし、むしろ畏怖されるべきなのだろう。

人間と機械人との闘争の中で、人間同士の争いによって破壊された地球。人類生き残りのための諸プランの中から選び出された地球浄化計画の一環として生み出された、生殖機能をもたない人造人間アートルーパー。存在したことのない存在の自我と存在の意味をめぐりつつ、このありえぬビルドゥングス・ロマンは未踏の領域を突き進む。人間がこれまで、思いをめぐらすこともなかった思考を、神林は積み上げ続ける。人間中心主義的な世界観をずらしていく果てに浮上する存在の不確かな手触りを、本作ではいつにもまして現実的な筆致で浮き彫りにしようとしている。

残念ながら、この作品が有するスコープのすべてを語り尽くすことはぼくの手には余る。いま、そこにある書物を手にとってほしい。とまれ、神林長平は「膚の下」を創った。おまえたちはなにを創るのか。ぼくにはその答えは見えそうにない。

文学の冒険は、未だ終わってはいない。

タグ:Book review novel SF





Comment(5) | TrackBack(0) | books

この記事へのコメント
むずかしくてなじょ
Posted by ざるそば at 2004年07月14日 15:57
そういうあんたがなじょ
Posted by manbow at 2004年07月14日 20:45
そもそも普段から文書を読まない私には、長い年月に渡る文書の傾向や方向性等という事を理解してる訳ではないのだが。この雑記を読み、多少なりとも何らかの作品を読んでみようと思った。ただ・・私はいい加減な人間なので、実際に行動に移すかどうかは定かでは無いが・・・敢えて一つ付け加えるとするのならば、どのような作品であれ、筆者が伝えたい事を読者がどう受け取るかは人それぞれなので、そう、それこそ、その個人の考え方や今までの人生言うならば価値観によって大きく変わる事もありえるだろう。長々とコメントを付けたが何が言いたいかと言うと、夏は暑いって事ですよ(*´・ω・`)y─┛~~
Posted by 邪鬼 at 2004年07月15日 08:42
素晴らしいレビューをありがとう。

人間という種の中からは神は出現しえない、けれどもその神を人間たる神林の脳は想像し創造した。
つまるところここには絶望と、間髪入れずそれに続く希望がある。
これぞ思考の力、人間の力だ!

怠けるな人間(俺)!
Posted by murillo at 2010年03月18日 22:29
murilloさん:

コメントありがとうございます。

「アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風」も実は読み終えてレビューを書きかけていたのですがシリーズの三作目ということもあって、そこにいたるまでをうまくまとめきれていないのと、「アンブロークンアロー」自体のあまりの途方のなさに、なんというか届いていない感じがしてアップしていません。

怠けるな人間(俺)!
Posted by 衰弱堂 at 2010年03月18日 22:50
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