吉田秋生「海街diary 4 帰れない ふたり」(小学館fsコミックス)

comics 】 2011 / 10 / 23

 少女マンガは読まないけれど、吉田秋生は読む。何の迷いもなく読む。これはぼくだけではないようで、吉田秋生についてのエッセイで誰かが書いていたように記憶している。

 最初に手に取ったのは、連載開始からずいぶん経ったあとの 「BANANA FISH」。何かの雑誌で、呉智英のレビューを読んだのだと思う。家から少し離れたところにある古書店で、陽に焼けて背表紙が変色した「BANANA FISH」がビニールに包まれて15冊ほどまとめて売られていたのを、一冊100円くらいの値段で買った。新刊が出るたびに、黄色いコミックを買い足していった。文庫化された古い作品を買い、 「ラヴァーズ・キス」「YASHA」「イヴの眠り」と読み進めていった。ずいぶんと長い付き合いになったものだなあ。

 夏に出た、 「海街diary 4 帰れない ふたり」を、二ヶ月ほど遅れて読んだ。

 鎌倉の古い木造家屋に暮らす、看護婦できつい性格の幸、信用金庫に勤める酒好きの佳乃、スポーツショップで働く変わり者の千佳の三人姉妹。父は古い家と、家族を捨てて出奔し、母もまた再婚して家を捨て、育ての親の祖母は死に、古い家には三人の姉妹だけが残された。鎌倉から遠く離れた山形から届いた父の訃報、葬儀に訪れた三姉妹が出会った、父が残した異母妹、浅野すず。三人姉妹はすずを引きとり、鎌倉で四人姉妹の共同生活がはじまった。物語は四人姉妹と彼女たちを取り巻く周囲の人々をめぐって淡々と織りなされていく。

 「海街diary 4 帰れない ふたり」は、ページをめくる間、奇妙に緊張感が高まる一冊だった。それが作品の持つ強度に由来するものなのか、ぼく自身のテンションの問題なのか、いまひとつはかりかねている。1巻目を読み終えたときに、これはとてつもない傑作が生まれつつあるという予感と、そうした作品を手にした喜びを感じたのだけれど、もっとシンプルな体験だったような気がする。

 久しぶりに出た続編を手にするにあたって、ぼくは「ラヴァーズ・キス」からさかのぼって読み返した。 「海街diary 1 蝉時雨のやむ頃」には、「ラヴァーズ・キス」の登場人物の一人、藤井朋章が次女佳乃のボーイフレンドとして登場する(さらに 「海街diary 2 真昼の月」には藤井朋章の叔母美佐子が幸の先輩ナースとして登場する)。手元にある別コミフラワーコミックス版の「ラヴァーズ・キスU」の見返しに載せられた「作者からのメッセージ」に、こんなことが書かれていた。

 私は東京生まれですが、父の仕事の関係で数年鎌倉に住んでいました。鎌倉での生活は楽しいことばかりで、今でも鎌倉は第二の故郷みたいに思っています。また大好きな鎌倉を舞台にしたマンガを描きたいな。

 「ラヴァーズ・キスU」の初版は1996年、「海街diary 1 蝉時雨のやむ頃」の初版が、2007年。およそ10年の歳月を経て、吉田秋生は鎌倉に帰ってきた。


帰れない場所

 吉田秋生は、一言でいえばケレンの作家なのだろう。「BANANA FISH」、「YASHA」、「イヴの眠り」と続く一連の作品群はいずれも、日常に破局をもたらす埒外の力を源泉に、大きな物語を引き出し続けた一つの活動として見て取れる。「吉祥天女」において、けして詳らかにされることのなかった力が、実態を伴い形をもって世界を揺さぶるとともに、その力の追求はストーリーにおいて中心を占めている。未知の麻薬、神経細胞促進因子、ウィルス、異なるDNAを持つ存在から生まれた娘と、箱の中の父。小さなエレメントが、世界を震わせるダイナミズム。リアルな描線とコミカルな描線を自在に行き来することで生まれる独特のリズム。作品世界のリアリティを支える微小の空気を描出するシーン演出。それらにおいて、吉田秋生は傑出したものを披露し続けてきた。そして、作品間をつなぐキャラクターたち。チャイナタウンのストリートキッズとして溌剌たる存在感を醸し出していたシン・スウ・リンは大人になり、有末静の娘アリサはケン・クロサキとルー・メイの夫婦のもとで育つ。緩やかに接続された作品は後発のそれに厚みとリアリティを付与する。

 刺激に満ちた世界を描き続けながら、しかし吉田は、常に故郷に穏やかな表情を与え続けてきた。アッシュ・リンクスにとってのケープコッド、有末静の奥神島、アリサ・クロサキのハワイ。それらはいずれも常に懐かしい場所として、けして帰ることがないがゆえに光に満ちていながら、物語の中ではいつも踏みにじられ血に染められていく。「吉祥天女」の叶小夜子において終の棲家となるべき故郷は、「BANANA FISH」で、「YASHA」で、放棄されるものとしてある。「ラヴァーズ・キス」においても、藤井朋章にとって、鎌倉は捨てるべき場所なのだ。


故郷への帰還

 繰り返し故郷を捨て続けてきた作家が、第二の故郷と呼んできた鎌倉を舞台にした物語を再び描く、ということは、いわば二重の帰還とでもいうべき事態なのだろう。そして、鏡像のようにそこでは捨てられるべき場所が反転する。四人の姉妹たちが家族に捨てられたものとして、繰り返し捨てられてきた故郷たる鎌倉の古い家屋に暮らしている。リアルなストーリーラインがていねいに展開されるにもかかわらず、どこか別の世界のような感触がそこには存在する。吉田秋生の物語において、その場所は常に主人公たちに夢見るように振り返られる、放棄されるそれだ。長く彼女の作品を読み継いできた読者はそのことを体験として知覚している。

 それゆえ、「海街diary」の鎌倉は、その舞台が歴史的な装置に彩られていることだけでなく、吉田秋生的な物語において、振り返られる過去として伝わらざるをえないという奇妙な構造の中に囚われているがゆえに、懐かしい。「ラヴァーズ・キス」と緩やかに接続され、藤井朋章と同衾する佳乃のエピソードから始められることもまた、読み手の現実の時間に遡行するがゆえに懐かしさを喚起する。

 読者の思い出と作中人物の思い出が錯綜しながら、「ラヴァーズ・キス」で、藤井朋章にどうしようもなく惹かれていった川奈里伽子が彼に見出したイメージとは微妙にずれた像を結びながら、「海街diary」は静かにはじめられる。歴史的な時間という縦糸と、物語的ないまという横糸とを丹念に重ね合わせ、テキストは織られていく。世界を震わせる小さなエレメントが存在しない世界において、かつて個から社会システムへと広がる全景を写し出してきた吉田のパノラミックなレンズはマクロズームに置換されている。シリアスとコミカルの変換は加速し、ひとりひとりの登場人物の小さなエピソードが丹念に積み重ねられ、巻が進むにつれ塗りつぶしたかのような厚みを伴って読み手に迫る。

 一方で、吉田が繰り返し用いてきた同性愛的なモチーフは「海街diary」のこの厚みの中には現れない。この物語空間は、アッシュが、静が、『どうしてこんなことになったのだろう』、といった具合に自己を認識する何か決定的な踏み越えを経た現在ではなく、すべてが未然のままの過去、ただ懐かしむべき故郷だからなのだろう。過去はいつもどこか不均一でまだらな像を結ぶ。吉田秋生の物語においてしばしば緊張を孕んで描かれる親子関係は、両親の不在という形で像の統一感を保とうとしている。浅野すずを自らの家に引き取ろうとする長女幸は、理想の母娘関係を生き直そうとしているかのように見える。佳乃は、藤井朋章の取り返しのつかない母子関係の円満な解消をなぞるかのように彼と別れる。千佳は一見して父性を感じさせる勤め先のスポーツショップの店長と付き合っている。かつて大人びた子どもとして生きることを余儀なくされていたすずは、三人の姉やサッカーチームのチームメイトたちとの交流を通じて、子どもとしての自己を回復しているかのようだ。


誰かが誰かを知らない瞬間

 「海街diary 4 帰れない ふたり」は、サブタイトルに取られた『帰れない ふたり』のほか、『ヒマラヤの鶴』、『聖夜に星降る』、『おいしい ごはん』の4つの中編を収録している。「海街diary」は一話完結の中編が時間軸に沿って布置される形で流れを構成しており、『帰れない ふたり』はすずを加えた四人姉妹が迎えた二回目の秋の話。『止まった時計』(「海街diary 3 陽のあたる坂道」所収)で、幸は三年間不倫を続けてきた小児科医椎名の離婚・渡米をきっかけに関係を清算し、渡米前のお十夜に一緒に行く約束をしている。すずは湘南オクトパスのチームメイト、裕也への淡い恋心を実らせることができず、もう一人のチームメイト、風太に心惹かれはじめている。

 物語の時系列は幸の主観による『止まった時計』と若干重なりあう。『止まった時計』で幸が面掛行列を楽しむすずを見かけた一日前、チームメイトの美帆に誕生日プレゼントを送るすず。偶然、風太の誕生日が翌日の面掛行列の日だと聞いてしまったために、美帆に乗せられて、千佳の店でプレゼントのネックウォーマーを買う。面掛行列で太鼓を打つ風太を呼び出して、プレゼントを手渡すすず。子供の頃、お祭りに行ったことがなかったと語るすずに、これからいっぱい行けばいい、みんなでお十夜に行ける、という風太。

 物語は、不意にお十夜の一日を迎える。お十夜の縁日、山門に登ったすずたち。最後の逢瀬にお十夜の縁日に現れた幸と椎名。偶然そこで出会う病院の理学療法士で湘南オクトパスの監督の井上。山門からそれを見る、すずたち。物語のすべてを知りうる特権的な地位を占める読者の前で、それぞれが限られた何かを知る登場人物たちが不意に遭遇し、出会いはジグソーパズルのピースのように奇妙な組み合いを見せる。

 病気で足を切断することを余儀なくされ、スポーツ義肢でサッカーを続ける裕也は、主治医として椎名を知っている。そして椎名が結婚しており、妻が理由があってこうした場所に出てこられないということ、椎名がもうすぐ渡米することを知っているが、彼の横にいる幸を知らない。井上は椎名も、幸も知っているが、二人の関係を知らない。風太はすずと一緒に外出していた幸に挨拶されているが椎名を知らない。マサが大声で「カントクーッ!!」と声をかけたとき、とっさにすずと風大は身を伏せる。だから椎名と幸は、山門からすずが見ていることを知らない。

 ひとり、すずだけが、ばらばらのピースを手にしている。

 『二階堂の鬼』(「海街diary 1 蝉時雨のやむ頃」所収)で、椎名は去年のクリスマス、入院していた裕也の病棟でトナカイのコスプレをしていた。すずはそれを「シカ」だと思っている。『二人静』(「海街diary 2 真昼の月」所収)で、すずは佳乃と千佳と夕食をともにした帰りに、シカ先生を見かける。彼の横には幸ねえによく似た女性が並んでいる。『誰かと見上げる花火』(「海街diary 3 陽のあたる坂道」所収)で、千佳は店長から幸が男性と一緒にいるところを見かけたと聞かされる。相手は、裕也の退院記念のスナップショットに写った主治医。千佳は裕也から、主治医が奥さんと別居していることを聞かされている。千佳から不倫を聞かされて、思わず幸に対して声を荒げる佳乃。千佳が店から持ち帰った裕也の写真で、すずは幸の相手がシカ先生で、かつて目撃したシカ先生のそばにいた女性が、やはり幸だったのだと知る。


「帰れない」と「ふたり」のあいだ

 そしていまや、すずの眼下には幸ねえとシカ先生が一緒にいる。みなが監督のもとに降りていこうとする中、山門に残るすずと風太。すずは姉とシカ先生の二人が気になっている。風太に導かれるようにして、姉の後を追うすず。すずは姉を追いながら、嫌ってやまない母をも、また追っている。

 『真昼の月』(「海街diary 2 真昼の月」所収)で、幸とすずがキッチンに並び、カレーを作るシーンがある。幸と彼女の母はその直前に激しく言い合っていた。すずは不意に涙ぐみ、幸に詫びる。

 『うちのお母さんのこと/ごめんなさい…/…奥さんのいる人 好きになるなんて…/お母さんやっぱりよくない…』

 謝罪の言葉が、謝った当の相手を傷つける。ひとつの罪から逃れようとして、別の罪を犯す。知らないうちに姉を傷つける前には、帰れない。母を許せないすずの心には、『…幸福になりたいって思っちゃいけないわけ?』という、かつての幸の言葉が刺さっている。その痛みを、幸は知らない。そして、許せない母がよりによって選んだその道の果てに自己の生があることを理解しているすずは、引き裂かれて存在している。風太はそんな引き裂かれたすずの存在を、まるごと肯定する。

 『なにがいいとか悪いとか/そういうのわかんねえけど/おれは浅野がこの世に生まれてくれてよかったって思ってるから』

 不器用で、どこか間の抜けた少年に、エイジが降りてくる。血塗られたアッシュを、まるごと肯定したエイジのように、風太は人倫を超えて、ただすずを肯定することで、彼女を救い上げようとする。その言葉は、正しく受け取られる。丹念に積み上げられた高い場所の上で爪先立って伸ばされた手が、別の誰かの手と触れ合うようなカタルシスがそこにはある。

 椎名と幸は、別れを決める前には帰れない。ふたりの後を追い喫茶店の前で座り込む、ストーカーのようにかっこ悪いすずと風太は、家に帰れない。やがて鎌倉駅の改札で、椎名と幸は別れる。姉の後ろ姿に泣き顔を見出すすず。幸はスーパー丸八で梨を八個買う。その姿を見て、姉は帰宅すると確信するすず。『止まった時間』で、椎名から離婚届を出したこと、ボストン行きを決めたことを告げられ、ついてきてほしいと言われた幸は、やはりスーパー丸八で、りんごを八個買って帰宅した。男だ、と断言する愛の狩人、佳乃。高校の時付き合っていた男と別れた時も、幸は梨を十個買った。そんなささいなエピソードの積み重ねによって、「海街diary」の世界は強固に支えられている。

 幸に少し遅れて家に戻ったすずは、風太のことを考える。姉たちにも話したことのないことを、どうしてごく普通に話せたんだろうと考えている。すずと風太は、話す前には帰れない。『でもなんでよりによってその道かなって』すずが思った、父と母もまた、帰れないふたりとして記憶の片隅に留められている。「帰れない」と「ふたり」のあいだの、ささやかな空白。さまざまな<帰れなさ>と、いくつかの<ふたり>をつなぎとめる、空白。その一呼吸のリズムにも、吉田秋生の繊細な手さばきがかいま見える。

 まあここに長々と書いてきたようなよけいなことは考えずに、すっと読んで、笑って、ちょっと切なくなって、巻を置くあたわざるような心境にひたってほしい作品。帯の「吉田秋生作品の真髄がここに」という表現に偽りなし。


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