神林長平「アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風」(ハヤカワ文庫)

books 】 2011 / 09 / 20
 この作品をどう説明すればよいのか。2年ほど前に読後いったん書き留めたものの、迷った末にmixiの日記のみに公開していた。いま改めて読み返してみると、これ以外に紹介しようがないと思えるような書き方をしていたので、若干加筆してこちらでも公開。

 南極に突如出現した巨大な《通路》、その先にある未知の星、フェアリイ星。地球に対し攻撃を仕掛けてきた異星知性体ジャムと、フェアリイ空軍(FAF)特殊戦部隊との戦いを描いてきた「戦闘妖精・雪風」シリーズの三作目。
 

   


 突如として《通路》が出現した南極。《通路》を超えて侵入する謎の異星知性体。ジャムと名付けられた敵を迎撃するために各国は協力し、ジャムをフェアリイ星に封じ込めるために強大な戦力であるFAFが配備された。しかしその戦力ゆえに南極は各国の管理下に置かれ、FAFもまたフェアリイ星に封じ込められ、地球に侵入することは許されない。従軍するのは流刑者、世捨て人、変わり者などのアウトサイダー。

 FAFの中で戦術電子偵察を至上の任務として遂行し続ける特殊戦部隊。通称、ブーメラン戦隊。彼らがあやつる戦術偵察機スーパーシルフはフェアリイ星の戦場の高みから敵味方全ての情報を収集し、味方を犠牲にしてでも帰還することを義務付けられている。それゆえ、味方であるはずのFAF空軍機はその姿を死神に例える。フェアリイ星の六大基地の中でも最大規模を誇るフェアリイ基地に配備された特殊戦第五飛行戦隊、13機中の3番機。パーソナル・ネーム、雪風。ドライバーは深井零。機体には特殊戦の戦闘指揮官ジェイムズ・ブッカー少佐の手により、漢字で、雪風、と記されている。

 第1作「戦闘妖精・雪風」は八つの短編からなる連作小説だった(その後改定版が刊行されているが、ぼくはそちらは読んでいない)。最後に収録されている作品、『スーパーフェニックス』で、雪風はジャムの攻撃により致命的なダメージを受ける。そのとき雪風は、テストフライトで至近にいた次期戦術機FRXに自らのデータを転送した。必ず生きて帰れ、という至上の命令を死守するために。スーパーシルフのコクピットから深井零の身体を射出し、新たな機体、メイヴを得た雪風はジャムを掃討し、かつての雪風、スーパーシルフを破壊する。

 第2作「グッドラック 戦闘妖精・雪風」では、人間と機械とジャム、それぞれの認識をめぐるストーリーが展開される。人とジャム、お互いにお互いを理解できない存在同士が機械を間に挟んで対峙する中で、特殊戦の中でも特殊な人間と、機械は一体となる。<深井零と雪風>という人と機械のアマルガムとしての複合知性体は、ジャムを追い詰めた果てに、ついにジャムの声を聞く。

 「グッドラック 戦闘妖精・雪風」を読んだとき、ぼくはこれで物語は完結したと思っていた。

 FAF情報軍を主導する、ジャムに惹かれ続ける男、アンセル・ロンバート大佐。彼の手引きによりFAF内部に送り込まれたジャムの手になる幽霊兵の蜂起と、ロンバートの巧みな人心掌握の手腕により麻痺した指揮系統とが相まってエスカレートする、FAF全体を巻き込むクーデターの混乱の中で、特殊戦は己のアイデンティティである「生き残り」を賭けてこれに立ち向かう。

 そして、その混乱を突き抜けるかのように雪風が空に舞うラストシーンはあまりにも美しく、これで終わってもよい、とぼくは思っていたのだ。

 しかし、そうではなかった。誰が、誰と、何のために戦うのか。FAFに所属する人間の知性と、彼らが操ると同時に彼らを操るFAF戦闘機械群の知性と、異星知性体ジャムの知性が、ダイレクトにお互いを認知できないという未知の事象面を押し広げ、小説は未踏の領野へ向かって推進する。

 そもそも「アンブロークンアロー」の単行本が刊行されたことを、実はぼくはまるで気づいておらず、Twitterでalmadainiさんの
すでに神林長平を語る際に埴谷雄高を持ってきている人を見つけた。これだけ簡単に見つかるということはもっと多くのことが語られているのだろうなあ。http://suijackdo.seesaa.net/article/297403.html
 
http://twitter.com/almadaini/status/3303018383
というつぶやきに気づいてTLを追ってみたところ、当時新刊だったこの作品の話をしていることにようやく気づいた次第。確かそれからしばらく経ってから入手し、読み終えたと記憶している。ちなみに上でalmadainiさんが引いているのは、かつてぼくが書いた「膚の下」のレビュー。

 「アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風」は<地球人>のジャーナリスト、リン・ジャクスンに宛てた、<ジャムの代理人>アンセル・ロンバードからの宣戦布告から始まる。

 語り手は目まぐるしく移り変わり、時間と空間はフラグメンテーションされ、ビジョンは崩壊し続ける。これはまったく異なる知性を持つジャムが人類に対して仕掛けるトリック、なのか。

 登場人物はあらゆる時間・空間に偏在し、誰もが今起こっていることを理解できないまま、ネットワークを介して絶望的なコミュニケーションが続けられる。ネットワークの向こう側に立ち現れるかつての仲間は、本人なのか、ジャムが作り出した何かなのか。ジャム機と接触し消失した雪風もそのありようを変えられながら、繰り返しこの<リアル>な戦場に立ち現れ、ひたすらにジャムを追い続ける。しかし、追い詰められるジャム、ロンバート大佐は敵であると同時に裏を返せばジャムとのコミュニケーションの可能性という鍵を握る<希望>でもある。

 物語の枠組みは壊れ、読み終えたときに感じる満ち足りなさは比類ない。にもかかわらず、これは格別の小説だ。

 いったいこの物語は、どの時空からはじまり、どの時空で収束したのか。消えたのは雪風なのか、雪風を認識する主体だったのか。アンセル・ロンバートは、どこにいるのか。リン・ジャクスンが手にした、ロンバートからの手紙は、過去なのか、未来なのか。すべてを確かめるために、雪風の機上にいる己を取り戻した深井零は、絶対的な基準たるべき地球に向け、禁忌である《通路》を越える。そして彼ら──<深井零と雪風>は、南極の氷上に<地球人>リン・ジャクスンの姿を見出す。

 知的異星体ジャムと言葉で向かい合うということは、もはや特殊戦部隊の認識の限界を超えた事態だ。それを言葉で描出しきろうとする絶望的なアポリアに挑み、なお継戦の意志を捨てない著者に脱帽せざるを得ない。

 とまれ、「戦闘妖精・雪風」は、まだ終わってはいない。いや、始まってすらいないのかもしれない。

 




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