誰も教えてくれなかったこと

mobile 】 2009 / 09 / 19
 今日の日本経済新聞朝刊1面に「ウィルコム、返済延長要請へ 債務1000億円、金融機関に」という記事が掲載された。
 PHS大手のウィルコムが、三菱東京UFJ銀行など取引金融機関に約1000億円の債務の返済期限延長を求める方向で最終調整に入ったことが18 日、明らかになった。私的整理の1つで第三者機関が仲介する事業再生ADR(裁判外紛争解決)手続きに入る方針を主力銀行などに伝えた。約450万人の加入者がいるPHSサービスを継続しながら、経営再建を目指す。

 債務の減免や貸出債権の一部を株式に振り替える「債務の株式化(デット・エクイティ・スワップ)」には踏み込まないもよう。政府の認定を受けた第三者機関「事業再生実務家協会」の事前審査を経て、来週にも正式な手続きに入る見通しだ。

[9月19日/日本経済新聞 朝刊]
 この記事を受けて、ウィルコムは極めて短いリリースを出した。
本日、一部で、弊社の債務返済に関する報道がありましたが、弊社から発表したものではありません。
さまざまな可能性を検討していますが、現在決まったものはありません。

WILLCOM | 本日の一部報道について
 ぼくが12年間つかったウィルコムの回線解約手続きをしたのが7月21日。このあたりの経緯は、以前「I≠PHS」というエントリーで触れたのでいいだろう。それにしたって、わずか2ヶ月でこんなことになるとはまったく思いもよらなかった。

 もうすでにウィルコムについては書きつくしたと思いつつ、もう一度書こうと思う。

 あらかじめ言っておくけれど、ぼくは技術に興味を持ちながら、偏った知識しか持たない人間だ。そして、ウィルコムを使い続ける中で『次世代PHS』に大きな期待を寄せていた人間の一人だ。しかしそれは独りよがりな期待だったのだろう。

 誰も教えてくれなかったこと、それは『次世代PHS』はPHSなんかじゃなかったってことだ。

 それはひとえにぼくの無知ゆえであって、誰かに責任があることではないけれど、ぼくはそのことについて書いておこうと思った。

 あ、以下は9/30発売の石川智晶2年ぶりのニューアルバムです。この2年、彼女の歌を繰り返し繰り返し聴くたびに、何かしらの力をわけてもらったような気がしているので、今度も買います。レビューは購入後に。



ケータイとは何か?
 そして何となくまた繰り返しのように語りたくなるのだ。ぼくがPHSを選んだのは、ただ単に安かったからだった。PHSを使い続けたのは、音声がクリアで、バッテリの持ちがよくて、相変わらず安かったからだ。

 しかし時代は流れ、ケータイがもたらす価値も少しずつ変わっていった。

 そのあたりの変遷を、Wikipediaのスマートフォンの項目はうまくまとめているように思う。ここではケータイのターニングポイントとして2つの年を挙げている。1996年と1999年だ。
 前者はDDIポケットのPメールが今のケータイメールのはしりとなるSMSを提供し、ケータイとメールが初めて統合された年。後者はiモードが登場し、ケータイとWebが初めて統合された年。
 これに、iアプリが登場した2001年を加えれば、ほぼ今のケータイをめぐる枠組みが素描できるのではないだろうか。

 話し、メールをやりとりし、Webやゲームなどのコンテンツを消費する、目覚めている間は常に携帯されるデバイス。それがケータイだ。
 PHSかGSMかなんて、実現される機能からすればユーザには関係ない。ガラパゴスかスマートフォンか、そんなものはユーザインタフェースの違いでしかない。その違いは人によってときに大きかったり小さかったりするけれども。

 ただただ違いをもたらすもの、それはフィードバックスピードだけだ。ケータイはリアルタイムに双方向で会話できなければいけないし、メールは即座に送り出され届かなければいけない。コンテンツは味わいたいときにすぐに取り出され、ページはすぐにめくられなければいけない。

 ケータイにおける通話とインターネットの融合はコンテンツの多様化とそのサイズの肥大化に伴って、より高速な通信速度を必然的に求めた。だからこそ、ドコモもauもソフトバンクも、HSDPAやEV-DO Rev.Aで通信速度を飛躍的に向上させた。掌の上のデバイスは、いまやぼくの家のADSLよりも高速にデータ通信を行う。

 そして、ウィルコムだけが取り残された。

『次世代PHS』という(ぼくのなかの)幻想
 この間、ウィルコムがまったく何もしなかったのか、といえばそうでもない。一つは高度化PHSで新たな変調方式に対応した上で通信チャネルを束ねて1Mbps近い速度を実現するW-OAM typeG。しかしこれはデータ通信専用のPCカードタイプのみに利用され、ワイヤレスジャパン2008で参考出品されたW-OAM TypeG W-SIMは今日まで発売されることがなかった。しかしいずれにせよPHSは1Mbpsの壁を突破することは困難だと思えた。ウィルコムの近義起氏は「PHSが“メガ”を超える日──ウィルコム 近氏に聞く「W-OAM typeG」の高速化」というインタビューで語ったのもすべてはデータ通信カードの世界で、音声端末については触れられていない。

 そしてもう一つの未来が『次世代PHS』だった。20Mbpsのハイスピード、マイクロセル方式の優位性、その他その他。『次世代PHS』は2007年に開業に必要な2.5GHz帯の周波数割り当てを受け、2009年秋のサービス開始に向けて準備を進めてきた。WILLCOM CORE XGPとその名を変え、2009年4月にはエリア限定の法人向け試験サービスまでこぎつけている。

 黙って待っていれば、そのうちぼくの掌の中にあるデバイスも、驚くべきスピードでデータをやりとりする時代が来るのだと思っていた。しかし、そうではなかった。

 PHSはPersonal Handyphone Systemの略語だ。だからぼくは、『次世代PHS』も音声通話とデータ通信を可能にするソリューションだと思い込んでいたわけだが、ワイヤレスジャパン2009に合わせてウィルコムの上村治氏に対して行われたインタビュー「XGP最大の特徴は“マイクロセル”と“上りの速さ”――ウィルコムの上村氏」でそれは明確に否定されている。
上村 現時点では、音声サービス用にXGPを使うことは考えていません。3Gが出てきて久しいですが、ご存じのように現在でも世界の移動体通信市場で最も広く使われているのはGSM方式です。新しい技術が出てきたから“前の技術はもう要らない”ということにはならず、その用途に関して問題なく安く使えるのであれば、その技術が使われ続けるというのが現実です。我々のPHSでも同じことがいえるでしょう。

 もちろん、音声トラフィックをPHSからXGPへ移行させる可能性がないとは言い切れません。音声もパケットのほうがいいという理由が生まれれば、そうしていくことはあり得ます。ただ当社としては、現時点では音声サービスは現行PHSで継続していく方針です。

ITmedia XGPの端末に電話番号は入っていませんが、入れることは可能なのでしょうか。

上村 制度上の問題で、現時点では無理です。モバイルWiMAXも含め、2.5GHz帯のBWAシステムは「電話」としては認められていないので、制度が改正されない限り電話番号を付けられないのです。もちろん、XGPで電話と同じような呼び出しサービスをすることについては、技術的にはいくらでもやり方は考えられます。ただ、実際にそれをやるかどうかは、ユーザーニーズやそのときのPHSやXGPの状況を、トータルで考えた上での判断になるでしょう。

XGP最大の特徴は“マイクロセル”と“上りの速さ”――ウィルコムの上村氏 | ITmedia プロフェッショナルモバイル
 音声に関してはPHSを今後も採用する、つまり『次世代Personal Handyphone System』なんてものははじめから存在せず、遠い未来にIP化の検討余地を残しただけの幻にすぎなかったわけだ。
 では、W-OAM typeGのさらなる高速化による言葉どおりの『次世代PHS』の可能性は?

 残念ながらこちらも見通しは暗そうだ。

ウィルコムが口にしない"不都合な真実"
 ウィルコムは今日まで繰り返し『次世代PHS』ないしはWILLCOM CORE XGPの優位性を主張してきた。最も象徴的なそれは、WILLCOM FORUM & EXPO 2007における近義起氏の講演のスライドに用いられた"不都合な真実"という言葉だ。
 近氏は“不都合な真実”として、通信速度とトラフィックの関連性を説明した。固定ブロードバンドの月間トラフィックは平均10Gバイトで、ウィルコムの408kbps接続サービスではだいたい1Gバイト。通信速度に比例してトラフィックも増えていくが、携帯電話に関しては10Mバイトから多くて 100Mバイトにとどまる。

 「携帯キャリアの方は口にしないが、携帯電話でモバイルブロードバンドを実現しようとすると、今の100倍から1000倍の回線容量が必要になる。果たして、現在と同じ料金水準でこれを実現できるのか」(近氏)と、各キャリアの容量不足を指摘した。

携帯キャリアが口にしない“不都合な真実”とは――ウィルコム近義起副社長 | ITmedia +D モバイル
 ここには「携帯電話でモバイルブロードバンド」という言葉が出ているが、現時点でウィルコムには音声端末のモバイルブロードバンドサービスは存在しない。さらに自ら口にした"不都合な真実"には目をつぶって、ドコモのFOMAネットワークを利用したMVNOでWILLCOM CORE 3Gというデータ通信サービスを開始している。

 そして、ウィルコムには掌の上のブロードバンドについて語らない"不都合な真実"がある、とぼくは思っている。
 ウィルコムの方は口にしないが、音声端末でモバイルブロードバンドを実現しようとすると、XGPもW-OAM typeGも現在携帯キャリアが実現しているそれの2倍以上の消費電流を必要とする、ということだ。以下、比べてみよう。
  • AX530S(0.8Mbps/W-OAM typeG)…… 約430mA(平均)
  • GX000IN(20Mbps/WILLCOM CORE XGP)……750mA(平均)
  • HX001IN(7.2Mbps/WILLCOM CORE 3G)……約260mA
  • UD03NA(40Mbps/UQ WiMAX)……300mA
 イーモバイルに関しては製品使用に消費電流の記載が見当たらないがCFタイプのD-01NXでWS002INの2xパケット接続(4xパケット時約210mA)と比較した記事では、通信時の消費電力でこれを下回っており、同じHSDPAのHX001INと同程度とみなしていいのだろう。というか、実測で「D01NEとD01NXの受信速度は1.5〜2Mbps程度。WS002INは約60Kbps」にも関わらず、WS002INの方が消費電力が大きいというのが驚き。

 XGPのデータ通信端末の消費電流は圧倒的に大きい。そして、W-OAM typeGをさらに高速化した場合も
 「チャンネルを束ねて多重化すれば、消費電力が今より増えることは間違いありません。ただ、現状でもPCMCIAカードとして製品化できるくらいの消費電力に抑えられるめどは立っています。もともと8xのパケット通信は、PCMCIAカードに対して余裕のある設計になっていますので、12xくらいまでなら今すぐにでもできます。それにもう少し消費電力を抑える技術を入れれば、(PCMCIAカードで)20xぐらいまでは実現可能です」(近氏)

PHSが“メガ”を超える日──ウィルコム 近氏に聞く「W-OAM typeG」の高速化 | ITmedia +D モバイル
と語っていることから、音声端末への採用は困難だと考えていいだろう。

 もはやはっきりしているのは、Personal Handyphone Systemには、モバイルブロードバンドの未来像は存在しないということ。少なくともウィルコムの関係者は、自社のモバイルブロードバンドを語るとき、ノートPCをプラットフォームにした構図を暗黙のうちに前提にしていることは疑いにくい。
 唯一の可能性は、GSM+HSDPAのように、PHS+HSDPAの音声端末にシフトすることだけれど、それは可能性以前に、意味があるものなのだろうか? 今のウィルコムに、それは現実的な選択肢たりうるのだろうか?

 450万人を切ったウィルコムの加入者にとって、このことがどのくらいの意味を持つのか、ぼくにはわからない。

 しかし、すでに実現してしまった世界に背を向けて、コストパフォーマンスの低いナローバンドサービスにとどまり続ける上でユーザのインセンティブは乏しい。ウィルコムは春以降、新規で2年間980円のデータ契約をキャンペーンとして断続的に実施した。このデータ契約時の端末にはW-SIMを採用したものが含まれているため、既存のW-SIM端末を利用するユーザでサービスレベルに不満を感じていない層の解約→再契約による新規獲得がが進んでいるとすれば、結果的にARPUは大幅に低下していることになる。解約→再契約で、手数料は入るが、月あたりに支払う金額は半分以下になるのだから。

 世紀の迷作WILLCOM NSも発売から半年たたずに商品代金+通信料金で月980円のスペシャルモデルが登場している。そう、ぼくがかつて「ウィルコムが俺にもっと喘げと囁いている」であまりの時代錯誤ぶりに憤りを禁じえなかったあれだ。

 もうウィルコムは、あるいはアイホンのブランドにすがって生き延びていくしかないのだろうか?



タグ:Willcom PHS business





Comment(0) | TrackBack(0) | mobile

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/128432077
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。