ふるさとはない

essay 】 2008 / 10 / 13
17時になると、「ふるさと」のチャイムが流れるのは東京都のきまりごとなのだろうか。住んでいる豊島区がそうなのだけれど、職場がある港区でも気づけばいくどか耳にしたはずだ。長く暮らしていた横浜にいたころには聞いた覚えがない。

それにしてもあのチャイムはどこから響いてくるのか。家にいても、会社にいても、どこか遠くからそれはくる。いまぼくにとって、17時という時刻にはこれといって意味を見出せないし、なぜ「ふるさと」を聞かされねばならないのだろうと少し考えてみるが、これといった理由をひねり出すこともできそうにない。それは街角のどこかで動き回る子供たちに向けられたものか、店仕舞いする店主たちに向けられたものか、家路を急ぐものたちに向けられたものか。

それにしてもなぜ「ふるさと」なんだろう。夕刻、ふと家庭に意識を振り向ける瞬間には「ふるさと」がよく似合うということなのか。確かに、東京だからという理由で東京音頭を流されるのもいささか鬱陶しい。とはいえ17時という時間に東京に、少なくとも豊島区と港区にいる人の心中にふるさとを呼び覚まそうとする努力はどこか的外れで間が抜けている。

暮れ方、商店街を駅にむかってとぼとぼと歩いていると、脇を二人乗りの自転車がゆるやかな速度で通り過ぎる。自転車の荷台に腰掛け、男性の腋の下に手を当てた、髪を栗色に染めた若い女性が「ふるさと」のチャイムにあわせてハミングしている。彼女の視線は行く先とも自らが縋る男性とも定まらず、かといってどこかにある、ふるさととやらを思い浮かべている風でもない。彼の山も彼の川も像を結ぶことなくただ響きの上に別の音が重ねられ、ゆっくりと遠ざかる。

そうだ、ふるさとはないんだ。ぼくには、もはや生まれ住んだ家はないのだ。根を絶つようにしていまここにいるぼくには帰るべき場所はない。それは断固たる決意としてそうなったわけではけしてなく、気がつけばぼくは漂うままにここにいるけれど、一面、若く幼い日々にそうある自分をうっすらと思い浮かべてもいたのだ。望んで、いまこうしている。浮かぶ瀬のある限りこのままだろう。いったい、人は、自分が望みうる程度のものになるということなのか。

そんな他愛のないことを思いつつ、独りユニクロに細めのズボンを買いにいった。


タグ:diary memory





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この記事へのコメント
Kzokuから来ました。
夕方に流れる曲は様々で、『遠き山に日が落ちて』とかもあります。郷愁を誘う曲が多いんでしょうね。あれは災害時の放送などのテストが目的と聞いたことがあるのですが、釧路に行ったときに驚いたのはずっと音声が流れていたことです。たとえば地元の同窓会予告とかが流れていて、こういうのもありか、と思いました。まあ考えようによってはうるさいですが(笑)。
Posted by hippo-potamus at 2008年10月25日 06:43
hippo-potamusさん:

どうやらあれは地域の防災無線を使っているようですね。緊急時に避難警告を出すため確実に生きていることがわからないと困るため、うまいこと日々導通確認している様子。うちの近所では「ふるさと」ともう1種類流れているようです。

もう思い出せないくらい昔、父親の四国の実家に行ったときに電話からずっと音声が流れていて、なんだこりゃと思った記憶があります。地域有線放送だかだったようで。
Posted by 衰弱堂 at 2008年10月25日 21:33
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