実は生まれてこの方携帯電話を所有したことがない。今も手元にあるのはPHS。社会に叩き出されたときに、いらないな、と独り決めしたものが2つある。自動車の免許と携帯電話だ。ぼくは本屋と古書店がない場所では生きていけない。いまやamazonもネットの古書店もあるけれど、やはりだめだ。そして、そうした場所で生きていく分には、自動車がなくても、PHSでも特に困らない。
それでも何度か携帯電話を買おうかと思ったことはあって、1つはNTT docomoのFOMA900シリーズが出たときのF900i、もう1つはauのINFOBAR2。両方とも緑色の端末があって、なぜかそれが欲しくなる。しかし、欲しいのは結局色や形で、それを持つためにかかる費用を考え始めるとばかばかしくなって苦笑いするだけなのだけれど。
そもそも「本屋と古書店がない場所では生きていけない」ぼくは、電車の移動中でも本を読んでいるか寝ているかだから、PHSを持っていてもほとんどさわらない。会社に生存している旨連絡するのを除けば特に電話の機能も使わないし短文メールを書こうとするモチベーションもない。PHSを家や会社に置き忘れても特に困らない。持つこと自体たぶんにアリバイみたいなものなのだろう。モバイルガジェットへの偏愛はあるが、ユビキタスへの憧れは持ち合わせていないようだ。
今春、Willcomが新機種としてWillcom 03をリリースした。おお、ライムトーンだ。ついに緑色の端末を手にするときがきた、と盛り上がって、よくよく調べてみたらAdvanced/W-ZERO3[es]を2年分割で買ってまだ1年残っていた。これを買うときにはまさに理想の端末だ、と盛り上がっていたので2年だろうが気にしていなかったのに、わずか1年での心の揺れ、この物欲、我ながら浅まし。
ライムグリーンのコンパクトな筺体にいまだ心引かれる部分はあるのだけれど、使い勝手はさほど変わらない気もする。液晶のスペックは変わっていない。レスポンスが向上したという声も聞こえない。ATOKがはずされたことも微妙だし、フラットサーフェスは美しいけれど、Xcrawlは悪くないのでインターフェース的にも後退しているような。
でもって、例のiPhoneですよ。いよいよ携帯電話か? と思い込みを高めながらあれこれケチがついたり、150円やっても空けてもらえなそうな行列ができているのを横目にしつつ、やはりどう考えてもぼくと携帯電話の付き合い方からすれば元が取れない。2年間付き合い続けるだけの機種かといえばそうでもないような。今使っている30GBのiPodは相当バッテリがへたってきていてHDDの残容量も心もとないが、iPhoneの32GBでは、足りない。
iPhoneをめぐる毀誉褒貶や信仰心の吐露などをあれこれ眺めながら、何か違和感を感じている中で一番しっくりきたのは増田の「俺がiPhoneを嫌う理由」。もちろんスイッチをみっしり並べろという主張にはついていけないのだけれど、UIにおける物理的なポジションの固定とフィードバックが持つ意味は小さくないと思う。ぼくがこの雑記をThinkPadで書き続けているのも結局そこなんだろう。
ボタンはあるべき場所にあってほしい。そぎ落としたフラットなデザインは確かに美しいけれど、ぼくは深澤直人によるINFOBAR2のデザインが、今なおiPhoneに劣っているとは思えない。
そして、理想の端末ってどんなもんなのかと思いを巡らせてみれば、ぼくにとっては奇跡なんてすでに起きてしまって、いつのまにか消えうせて、もうなかったことのようになっている過去だったのだと気づく。
たぶんいまぼくが欲しいのは、Clie PEG-T400のような端末なんじゃないだろうか。高解像度に対応したPalm OSにサイドジョグを搭載してわずか9.9mmの厚さにまとめたこのPDAこそ、ぼくにとっての奇跡だったんだ。
モノクロ16階調液晶という点で、カラー液晶を搭載しているPEG-T600Cのほうがより現代的ではあるのだけれど、こちらは厚さが12.5mm。わずか3mm弱の違いだけれど、手にしたときの感覚が明らかに異なる。今までポケットに入れて使ってしっくりきたのは、PEG-T400とPalm m500のモノクロ機2つだけだった。
その後登場したPEG-TG50もすばらしいパッケージだったと思う。Clieのキーボード機はどれも押下感がろくでなしだったし、前面を覆うシルバーのカバーも詰めが甘かったけれど、社外品のクリアのハーフカバーに交換し、キーボードスイッチにシールを貼って押下感を改善するカスタマイズを行ったTG50はBlackberryあたりと比べてみても今なお見劣りはしない。使い勝手は知らないけれど。
Palmは次第に市場からの支持を失い、PDAから携帯電話にシフトして、Palm OSも捨て去り、それでも細々と生き延びているようだ。ガラパゴス呼ばわりされる国にはまるで入ってこないし、ましてガラパゴスのなかのPHS保護区においてはまったく縁のない代物だけれど。そもそもPalmの圧倒的な優位性の1つであったGraffitiは日本語入力するときにはせわしなくて手間だったけれど。それでも思うんだ。iPhoneで世界は変わる、といった類の発言をしている人たちは、PalmやVisorや、そしてClieのことを、もはや思い出しもしないんだろうか。あの時世界はまるで変わりもしなかったのだろうか。個人的に、あの奇跡やW-ZERO3がもたらしてくれたものに比べれば、iPhoneのもたらすものは別に断続的なそれでもなくて、乗れない。
それにしても、せめてジョグダイヤルくらいは生き延びてくれていてもよさそうなものだがと思ってWikipediaを見たら、省スペース化や故障頻発などで消えていたものが2007年発売の端末でJOG+として復活していた。携帯電話でサイドジョグを採用した機種としてあげられているものはごくわずかで、1999年のTuka向けTH291が最後になるのだろうか。
そんなわけで、個人的にはマルチタッチよりもサイドジョグが欲しいんだと。くるくるぽちぽちさせろと。まだ見ぬiPhone3Gの噂が飛び交っていた頃、隅っこのほうでSONYのPSP携帯を望む声が上がっていたけれど、ぼくはT400ベースのフル液晶+サイドジョグかTG50ベースのスマートフォンなClie携帯の方がいいと思うわけです。
はい、もちろんとても市場性があるとは思えない信仰心の吐露です。しかし、電話をかける、メモを取る、Webを見る、メールをやりとりする、それらをPalm/Clieの延長線上で、今あのUIとレスポンスで、ワイヤレスコミュニケーションをまとめたものとしてデザインしたらどうなるのか、すごく興味はある。
そして、Clieが形にして見せた奇跡とは異なる方向性から現れたZaurus MI-E1にはじまるスライドキーボードという革命的なパッケージが、途中クラムシェル型に寄り道しつつW-ZERO3として新たな展開を続けていることを喜びつつ、今日もぼくはAdvanced/W-ZERO3[es]でいいか、と思うわけです。確かマクルーハンがメディアによる身体の拡張ということを言っていたけれど、ボタンをタッチパネルに置き換えるくらいのことで、ぼくの身体はいったいどれほど拡張するんだろう? まあたぶんすごく変わるといいたい人がいっぱいいるんだろう。できるならば、そうした実験台みたいな人たちの煮詰めたところだけをビールのつまみにでもして、おいしく味わいたい。微笑。
ふーむ、Willcom03の新品白ロムは4万円ほどか。どうする、衰弱堂……ボタン少ないぞこれ。まだ味がしみこんでないと思うぞ。この葡萄はすっぱいぞ。笑い。
2008年08月10日
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/104513456
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック
http://blog.seesaa.jp/tb/104513456
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック


衰弱堂殿の携帯メールアドレスが登録されていない。
衰弱堂殿に携帯メールを送ったことがなかった。
iPhoneをしばらく使ってみて利用目的が固まってきました。SafariでWEBブラウズです。
AU携帯がiPhoneなみのブラウザと通信速度を出してくれればiPhoneは自分には単なるiPodだった。
売れるものは作ってくれても欲しいものを作ってくれない世の中なのね。
俺は2年縛りを乗り切るよ!
PHSのメールは使ってないので問題なし。
zerobyteさん:
もはや5VのUSB-EIAJ #2が普及しているので電池は単4でも厚さ的に微妙なんじゃ? もっともW-ZERO3は微妙に独自コネクタで推移していて面倒なんですが。
Willcomは参考出品で単3電池駆動のEメールマシンWP015なるものを展示していたようですが。
http://webpress.air-nifty.com/digital/2008/06/ewp015_2c34.html
誰が見てもMC-MKに見える……。笑い。
持っていてもかばんに突っ込んで忘れていたりしていると、のびのびできますよ。笑い。
お盆休み、ずっと家にいたら一言も言葉を発していないような……声帯退化するんじゃなかろうか。